2/6に全国リリースされた僕のコンピレイション『Urban-Mellow FM 77.4』は、もう聴いていただけましたでしょうか。Free Soulシリーズのようなわけにはいきませんが、アプレミディ・レコーズの作品としては好調なレスポンスが続いていて、僕もひと安心しているところです。何よりも身近なガールフレンドがよく聴いてくれているのが嬉しいですね。未聴の方はぜひ、日常の風景を何となく穏やかに、清々しくしてくれるこのCDを手に取ってみてください。
春に向けてコンピレイションのリリースが続く僕は、今月もところどころでDJやインタヴューをこなしながら、選曲〜アートワーク〜マスタリング〜ライナーというスパイラルの日々を送っていますが、すでに書き終えている3枚『Free Soul ~ 2010s Urban-Mellow Supreme』『Free Soul. the classic of Terry Callier』『フリー・ソウル・キリンジ』のCDライナーを、いち早くこのアプレミディ・ホームページのブログにも掲載しておこうと思います。どれも最高のコンピになっていますので、お時間のあるときに読んでいただき、発売日を楽しみにお待ちいただければ幸いです。問い合わせが多いこともあり、各レコード会社間で共有するために用意した、“Free Soul 20周年記念リリース一覧”(2/25現在、13コンピ&100リイシューが進行中です)も併せて載せておきますので、リリース・スケジュールの確認などにお役立てください。
この他にも、アプレミディ・レコーズから、ジョン・ルシアン×ニック・ドレイク×アグスティン・ペレイラ・ルセーナという感じの雰囲気が素晴らしい、胸に沁みるブラジルの現在進行形SSW名作、Tigana Santana『The Invention Of Colour』の日本盤も、4/5リリースに向け準備中ですので、ご期待いただければと思います。第二のカルロス・アギーレになるのではないかと、インパートメントの稲葉昌太ディレクターと心を躍らせているところです。
4/9発売予定の3枚組『Ultimate Free Soul Collection』も、順調に収録希望曲の使用許諾が届いていて、現時点ですでに60曲を越えました。来週には曲順を組みたいと思っているので、もうひと息という感じですが、今朝はジョーン・アーマトレイディングの「Barefoot And Pregnant」の収録OKの知らせが来ていたのが嬉しかったです。というのも先日、“ムジカノッサ・フリー・ソウル”でこの曲をかけていたら、DJブースの前でカップルのオーディエンスが顔を見合わせながら、そのメロディーとグルーヴに乗って替え歌にして、小沢健二の「愛し愛されて生きるのさ」を口ずさんでいたのが可笑しかったから。今日は思わず僕も、“突然ほんのちょっと誰かに会いたくなるのさ”というフレーズが口をついています。
追記:明日はNujabesの命日ですね。毎年この季節になると、様々な思いが脳裏を駆けめぐります。今週末には、Nujabesとの共演による名曲「Lamp」を『Urban-Mellow FM 77.4』に収録させてもらったharuka nakamuraを迎えて、
カフェ・アプレミディでライヴ&DJパーティーを開きます。しかもAOKI, hayato/坂ノ下典正とのギター・トリオにゲストとしてサックスのARAKI Shinが加わるスペシャル・セッション、とても楽しみです。僕は友人の吉本宏/小林恭と共に、Nujabesへの共感もこめながら、都市に生きる者のハッピー&ブルーを“アーバン・メロウ”に託して、丁寧かつ大胆にDJしたいと思っています。
『Free Soul ~ 2010s Urban-Mellow Supreme』ライナー(橋本徹)
“Free Soulファンに薦めたい2010年代のアーバン・メロウ・ミュージック”というコンセプトで、2013年末にリリースした『Free Soul〜2010s Urban-Mellow』が、多くの音楽好きにとても暖かく迎え入れられたことに感謝して、さらにアンビエントR&Bやモダン・フォーキー・ソウルの精粋から至上のNYジャズまで珠玉の名作を選りすぐったスペシャル・セレクション、『Free Soul〜2010s Urban-Mellow Supreme』をここにお届けできることを、心から嬉しく思う。同じようなテーマで、メジャー・レーベルの音源でもコンピレイションを編むことができたら、と以前から思っていたが、僕が期待していた以上の錚々たる顔ぶれが揃い、まさに自分の“ベスト・オブ・2010s”が実現したようで感慨深い。まさしく“Supreme”と呼ぶに相応しく、曲目リストを眺めているだけでも、顔がほころんでしまう。それではさっそく、そんな愛すべき収録曲を順に紹介していこう。
01. PJ Morton / Always Be
オープニングを飾るのは、スティーヴィー・ワンダー(ときにはスティング)を思わせる節まわしが印象的なPJ・モートン。甘酸っぱい歌声とスウィートなグルーヴ、シンプルなメッセージがハートに響くラヴ・ソング。若くしてインディア.アリーなどのソングライターとして活躍し、最近はマルーン・5第六のメンバーとも言われたりする彼だが、僕は2005年のソロ・ファースト『Emotions』のやはりスティーヴィーを彷彿させる「This Feeling」を、自分がアプレミディ・レコーズでコンパイルする“架空のFM”シリーズに収めるため、何度かリクエストしていた。でもこれまでは権利保有者と連絡がつかなかったという話だから、今回は念願かなっての収録。スティーヴィーがハーモニカ参加した「Only One」、フランク・オーシャンを思わせるメロウな「Work It Out」、大らかなカリビアン・ソウル「Hard Enough」も含む、メジャー初リリースとなった2013年の最新作『New Orleans』中の白眉。
02. Jonathan Jeremiah / Happiness
ニック・ドレイクやジョン・マーティン、テリー・キャリアーなどに通じる滋味深い歌が素晴らしいイギリスの男性シンガー・ソングライター。2011年のデビュー・アルバム『A Solitary Man』でもとりわけ光っていた、このアコースティック・ギターのカッティングに導かれるフォーキー・ソウル名曲は、ザ・シネマティック・オーケストラも手がけたジュールズ・バックリーによる壮麗なオーケストレイションも厳かで、苦味をたたえながらも凜としてソウルフルな歌唱が胸を打つ。ポール・ウェラー好きにも絶対お薦め。
03. John Legend & The Roots feat. Common & Melanie Fiona
僕にとって新たなポップ・ミュージックの黄金時代と言える、2010年代の始まりを告げた名盤『Wake Up!』の絶対的なリード・ナンバー。21世紀ソウルの貴公子ジョン・レジェンド、確かなビートを刻むクエストラヴ、感動的なストリングス・アレンジ、歌詞にこめられた同胞を奮い立たせるメッセージ。コンシャスでリリカルなラップはコモン以外に考えられないし、メラニー・フィオナの歌いぶりにも惚れ惚れする。ギャンブル=ハフ・プロデュースのフィラデルフィア・ソウル1975、ハロルド・メルヴィン&ザ・ブルー・ノーツ名作のカヴァー(亡くなって間もなかったテディ―・ペンダーグラス追悼という意味合いもこめられていたはず)だが、現代によみがえったアンセムとしてパーフェクト。この曲はぜひ、プロモーション・ヴィデオも観てほしい。温故知新の金字塔『Wake Up!』には、ダニー・ハサウェイ/ビル・ウィザース/カーティス・メイフィールド/マーヴィン・ゲイなどのカヴァーも入っていて、必聴。
04. Robin Thicke / Ooo La La
2013年に全米・全英ともにNo.1ヒットとなった『Blurred Lines』で日本でも大ブレイクし、もはや説明不要の存在となった白人R&Bシンガー。これはそのアルバムの中の隠れたマイ・フェイヴァリットで、ジャミロクワイやザ・ブラン・ニュー・ヘヴィーズ、あるいは『Off The Wall』期のマイケル・ジャクソンを連想させる傑作。盟友ファレル・ウィリアムスとのコラボレイションが冴え、洗練されたグルーヴでブラック・コミュニティーにおける人気も高いロビン・シックだが、実は僕は、「Lovely Lady」や「Mona Lisa」、ヒットした「Lost Without U」など、ブラジル音楽の影響を感じさせる好きな曲も多い。
05. Rhye / The Fall
シャーデーの『Love Deluxe』が20年越しに輪廻転生したような、シルキーなミロシュの歌声とロビン・ハンニバルのサウンド・スタイリングが艶かしく恍惚へと誘う、“Make love to me, one more time”のための音楽。ビルド・アン・アークやザ・デコーダーズのセッションでもお馴染みの名手たちが集い、優美な生音と柔らかなエレクトロニクスが溶け合うクールでエレガントな名作『Woman』は、プライヴェイト・リスニングという観点でも僕にとって2013年を代表するアルバムで、何度聴いたかわからない。そしてピアノのイントロから引き込まれ、哀愁メロディーがこみ上げていくこの曲は、そのハイライト。
06. Robert Glasper Experiment feat. Norah Jones / Let It Ride
グラミー賞の最優秀R&Bアルバムを受賞した『Black Radio』の続編となった、2013年のRGEの最新作『Black Radio 2』からのセレクション。彼らの楽曲ではレイラ・ハサウェイが歌うスティーヴィー・ワンダー「Jesus Children Of America」のリメイクも捨てがたかったが、やはり4ヒーローを思わせるようなジャジー&メロウな生ドラムンベースが鮮烈なこのアーバン・グルーヴを選んだ。クリス・デイヴからバトンを受けた新ドラマー、マーク・コレンバーグの個性が遺憾なく発揮されている。ロバート・グラスパーにとって高校時代からの友人だというノラ・ジョーンズとのセッションは、2008年のQ・ティップ『The Renaissance』中の「Life Is Better」以来で、パトリース・ラッシェン「Remind Me」的なメロウネスをたたえたその曲も僕は大好きだが、個人的にはノラのフィーチャリング・ヴォーカル曲は、これのような少しエクスペリメンタルなサウンドに惹かれることが多い。
07. Derrick Hodge / Dances With Ancestors
ロバート・グラスパー・エクスペリメントのベーシストであり、かつてはコモンやジル・スコットの作品に参加し、マックスウェルのツアー音楽監督も務めていたデリック・ホッジ。僕が2013年のベスト・アルバムに選出した、ブルーノートに吹き込まれたソロ・デビュー作『Live Today』はまさに、薫り高きNYジャズの至宝。本来なら、アラン・ハンプトンが歌いジ・アメリカン・ストリング・カルテットをフィーチャーしたフォーキーな泣ける名曲「Holding Onto You」も、このコンピレイションに収めたかったが、同タイプでやはりアラン・ハンプトンの歌うケンドリック・スコット・オラクルの「Serenity」を選んだこともあり、断腸の思いで断念した。この曲は僕にとってアーバン・オルタナティヴ・ジャズの最高峰であり、メロウ・グルーヴの極北。現代のリベラル・ブラック・ミュージックの理想型とも言えるだろう。マイルス・デイヴィスにたとえるなら、「Blue In Green」(ビル・エヴァンス)の静謐を併せもった、2010年代の「Nefertiti」(ウェイン・ショーター)という趣き。精緻なリズム・ワークはRGEの前ドラマーであるクリス・デイヴ。前曲におけるマーク・コレンバーグとの鮮やかな対比を、心ゆくまで堪能してほしい。
08. The Internet / Dontcha
シド・ザ・キッドとマット・マーシャンズ(ジェット・エイジ・オブ・トゥモロウ)からなるオッド・フューチャーの男女デュオ。マック・ミラーとも絡むなど、彼らの動きからは目が離せないが、クール&グルーヴィーなブギー感が最高としか言いようのないこの曲は、ようやくフィジカル・リリースが決まった2013年作『Feel Good』のリード・トラックで、ザ・ネプチューンズのチャド・ヒューゴもプロデュースに加わっている。心地よい揺れ、メロウな陶酔感といった、現在進行形エレクトロニック・ソウルならではの隠し味も絶妙のバランスで、自分にとっては、プリンス「Breakfast Can Wait」と並べて聴きたくなる、2013年を象徴する逸品。
09. Gregory Porter / Lonesome Lover
グラミー「ベスト・ジャズ・ヴォーカル・アルバム」受賞という嬉しいニュースが届いたばかりのグレゴリー・ポーター。ブルーノート社長ドン・ウォズも惚れ込んだソウルフルでハートウォームな歌声で人気を呼び、つい最近コンパイルした『Urban-Mellow FM 77.4』には、ビル・ウィザース〜ダニー・ハサウェイ〜テリー・キャリアーを彷彿させる温もりと包容力にあふれた「Be Good (Lion’s Song)」を収めたが、この曲はギル・スコット・ヘロンやアンディー・ベイにも通じるビターでシャープなジャジー・ワルツ・スウィング。オリジナルはもちろんマックス・ローチ、1962年のインパルス録音『It’s Time』に収められていて、ダイナミックに躍動する演奏と、アビー・リンカーンの力強くブルージーな歌唱が印象深い。
10. James Blake / A Case Of You
ジェイムス・ブレイクの登場は、いち音楽ファンとして、21世紀に入って最も大きな衝撃だった。ダブステップの新鋭として現れたショッキングな「CMYK」にもしびれたが、超スロウに解体されたビートで内省的な歌を聴かせたファースト・アルバム『James Blake』は2010年代最重要作のひとつ。ジョニ・ミッチェル『Blue』しか聴かない時期もあったという彼らしく、ジャケットもそのアルバムを想起させるが、この「A Case Of You」のカヴァーは、ボン・イヴェールとのコラボレイション「Fall Creek Boys Choir」も入ったその後のEP『Enough Thunder』に収録。悲しげに震える“ロボ声”と、揺らぐ音響と太い低音の美しいコントラスト、その余韻も冷めやらぬうちにピアノ弾き語りによるこの「A Case Of You」を深夜に初めて聴いたときのことは忘れられない。時が止まり、本当に、心のひだにまで染みわたるようだった。フォーキーな原曲は、アコースティック・ギターの音色が印象的だが、静謐とした間の取り方も天才的なこちらは、敢えて言うならソウルフル。同じくジョニ・ミッチェルを敬愛するプリンスもこの曲をカヴァーしているのは、偶然ではない。
11. Frank Ocean / Thinkin Bout You
オッド・フューチャーのナイーヴな美声の持ち主フランク・オーシャンがヒットしたときにも、新しい時代の夜明けを感じた。『Free Soul〜2010s Urban-Mellow』には、感極まるように想いがこみ上げる歌声にマーヴィン・ゲイの姿を重ねてしまう「Sweet Life」を収めたが、今回はアンビエントR&Bの聖典と言えるこの曲をエントリー。もちろん2010年代屈指のソウル・アルバム『Channel Orange』からで、まさに“オレンジ色の季節が紡いだ蒼いメロウネス”という感じ。センシティヴかつセンシュアルなファルセット・ヴォイスと、ドレイクのようなダビーに揺らぐビートに陶然としてしまう。マレーシア出身の女性シンガー、ユナによるアカペラのカヴァーもたまらなく素敵だった。
12. Jessie Ware / Devotion
シャーデーを愛してやまないイギリスのブルー・アイド・ソウル歌姫で、アニー・レノックスを引き合いに出されたりすることもあるジェシー・ウェア。SBTRKTからメイヤー・ホーソーンやミゲルまで、客演でも脚光を浴びてきた彼女の音楽もまた、ジェイムス・ブレイクとはタイプが違うが、ポスト・ダブステップの潮流から生まれたアーバン・ソウル。ジ・インヴィジブルのデイヴ・オクムのサポートが効いている2012年のデビュー盤『Devotion』は、僕にとって好きな曲はとても好き、というイメージのアルバムで、今回は「110%(If You’re Never Gonna Move)」や「Sweet Talk」と迷ったが、そのタイトル・ソングを選出。フランク・オーシャンから揺らぎ続けるダビーなアンビエンス、メランコリーをひとさじ振りかけたドリーミーな歌は、アンビエントR&Bと共振するはず。
13. Jose James / Make It Right
グレゴリー・ポーターと並んで新生ブルーノートの救世主として熱い視線を集めるジャズ・ヴォーカリストであると同時に、2013年の最新作『No Beginning No End』では、ジャズ〜ソウル〜フォークを横断するシンガー・ソングライターとして一段と魅力を増した姿が頼もしかったホセ・ジェイムス。そのアルバムで、ロバート・グラスパーらと共に大きな貢献を果たしているのが、ディアンジェロ『Voodoo』やエリカ・バドゥ『Mama’s Gun』での活躍で知られるベーシストのピノ・パラディーノ(『Free Soul〜2010s Urban-Mellow』に入れたオマー「There’s Nothing Like This」再演版にもフィーチャーされていた)だが、これはホセとピノが最初に一緒に作って、二人のコンビがしっくり来るきっかけになったという曲。“クールなメロウ・マッドネス”とでも言いたい、どこか密室的な感触が、マーヴィン・ゲイからディアンジェロまでの影を感じさせる名作だ。『No Beginning No End』は他にも、まるで『Voodoo』収録曲のような「It’s All Over Your Body」、スライ「If You Want Me To Stay」のベース・ラインを引用した「Trouble」といったビル・ウィザースやアル・グリーンにも通じるファンク指数の高い曲から、ロバート・グラスパー×クリス・デイヴらしい「Vanguard」やエミリー・キングとのアコースティック・ソウル「Come To My Door」まで、粒揃いのアーバン・ブルー・ブラック盤。
14. Jeb Loy Nichols / Disappointment
ロード・ムーヴィーのような人生を送る流浪の吟遊詩人、版画作家にしてシンガー・ソングライターのジェブ・ロイ・ニコルズ。80年代にアメリカからイギリスへ渡り、UKダブの第一人者エイドリアン・シャーウッドとルームメイトになり、On-Uやリイシュー専門レーベルPressure Soundsのジャケット・デザインを手がけていたことでも有名だが、近年も音楽家として、ジャズ〜フォーク〜ブルース〜レゲエの溶け合ったオーガニック&レイドバックな作品で味のある歌声を聴かせていて、これはノスタルジア・77のベネディック・ラムディンがプロデュースした2011年の『The Jeb Loy Nichols Special』からのセレクト。空間性の高い立体感のあるビートと流麗なピアノが心地よく、マーヴィン・ゲイ「Inner City Blues」のように繰り返される旋律が胸に沁みる、知る人ぞ知る秘宝だ。ジャック・ジョンソンやトミー・ゲレロを愛する方にも、ぜひ聴いてほしい。
15. Quadron / Baby Be Mine
ライ〜ブーム・クラップ・バチェラーズ〜オウス&ハンニバル〜ソロ・プロジェクトBobbyでも知られ2013年のMVPと言えるような活躍を見せたサウンド・クリエイターのロビン・ハンニバルと、ザ・デコーダーズ〜ジ・インターネット〜タイラー・ザ・クリエイターから『華麗なるギャツビー』サントラまでやはり活躍めざましい女性歌手ココ・Oによる、2010年代を代表するエレクトロニック・ソウル・デュオ。チャールズ・ステップニー&ミニー・リパートンとビルド・アン・アーク周辺のジャズ感覚を結ぶような、しっとりしたシャーデー的なメロウネスと優雅な中南米風味も香り豊かな最新アルバム『Avalanche』から、『Free Soul〜2010s Urban-Mellow』にはマイケル・ジャクソン「I Can’t Help It」への素晴らしいオマージュ「Neverland」を収録したが、今回は『Think Like A Man』サントラから、マイケルの「Baby Be Mine」が儚くも幻想的な極上のスロウ・ジャムに生まれ変わった絶品のカヴァーを。掛け値なしに、溜め息が出るほどエレガントで美しい。
16. Taylor Eigsti feat. Becca Stevens / Between The Bars
グレッチェン・パーラトの大好きなアルバム『The Lost And Found』の共同プロデューサーとしても僕には特別なジャズ・ピアニスト、テイラー・アイグスティが2010年にコンコードに吹き込んだ『Daylight At Midnight』は、そのタイトルを自分のコンピ『ブルー・モノローグ Daylight At Midnight』に引用させてもらったほどの真夜中の愛聴盤。彼が普段から聴いている曲を選んだと語っていたレパートリーには、ニック・ドレイク「Pink Moon」やルーファス・ウェインライト「The Art Teacher」、ファイストの「The Water」から20世紀カタルーニャのクラシック作曲家フェデリコ・モンポウまでが含まれ、とても他人とは思えないが、最も琴線に触れるこの曲はエリオット・スミスのカヴァーで、歌っているのはカート・エリングも絶賛するベッカ・スティーヴンス。彼女の2011年作『Weightless』にはグレッチェンが参加、ザ・スミスの「There Is A Light That Never Goes Out」をカヴァーしていて、こういうセンスは僕にはよく理解できる。ベッカとグレッチェンにレベッカ・マーティンを加えた3人が集まって、ティラリーというプロジェクトでも活動を始めており、今後の展開が楽しみだ。
17. Gerald Clayton feat. Gretchen Parlato & Sachal Vasandani / When An Angel Sheds A Feather
続いても、現代のNYジャズ・シーンをリードする気鋭ピアニストとして注目度が最高潮に高まる中、2013年にコンコードから『Life Forum』を発表したジェラルド・クレイトン。僕にとってはロイ・ハーグローヴやケンドリック・スコットとの共演で馴染みのあった名前だが、これはそのアルバムのラストに置かれていた崇高で透明な香気漂うクワイエット・ジャズ。爽やかな声質のサシャル・ヴァサンダーニ、スモーキーに揺らめくグレッチェン・パーラト、いずれも好みのヴォーカリストによる静謐な男女デュエットに、いつも耳を澄ませてしまう。
18. Kendrick Scott Oracle feat. Alan Hampton / Serenity
テレンス・ブランチャードに見出され、グレッチェン・パーラトのデビュー当時からのパートナーとしても僕には大切なケンドリック・スコット。今ではNYジャズのトップ・ドラマーの一人となった彼も、2013年にコンコードから“信念”と題してグループ名義(ピアノはテイラー・アイグスティ)の傑作『Conviction』をリリースした。知的でワイルド、ダイナミックかつ繊細、動と静を併せもったトータル・サウンドが魅力的で、全編に硬質なリリシズムが宿っている。ハービー・ハンコック「I Have A Dream」やスフィアン・スティーヴンス「Too Much」といったレパートリーもあり、切れ味鋭く躍動する「Pendulum」や「Cycling Through Reality」はいつか自分のコンピレイションに選びたいほどだが、今回は曲名通り心の平静をもたらしてくれる、フォーキーで柔らかなクールダウン・チューンを。歌っているのは、デリック・ホッジやグレッチェンへの客演も素晴らしいアラン・ハンプトン。
19. Booker T & Friends feat. Kori Withers / Watch You Sleeping
60年代黄金期のスタックス・サウンドを屋台骨としてタイトなグルーヴで支えたブッカー・T&ザ・MGズの頃から、Free Soulをきっかけに人気に火がついた70年代のピースフルな「Jamaica Song」(来日した本人から、日本ではどうしてこの曲がこんなに大人気なのか、と訊かれたときは、即答に困ってしまった)、クエストラヴ率いるザ・ルーツとコラボレイトした近作の『The Road From Memphis』まで、常に輝かしい経歴を歩んできた真のソウル・レジェンド。名門スタックス復帰作となった2013年の『Sound The Alarm』で、僕が最も好きになったのがこの曲。キュートでメランコリックな歌を聴かせてくれるのは、あのビル・ウィザースの娘コリ・ウィザース。「ブルーノート東京」のライヴ公演で、両者の顔合わせが実現したときは嬉しかった。
20. Michael Kiwanuka / I’ll Get Along (Ethan Johns Session)
そのビル・ウィザース、そしてテリー・キャリアーをも彷彿させるイギリスの新鋭フォーキー・ソウル・シンガーとして、イギリスBBC放送の「Sound Of 2012」で首位に輝き、大きな話題を呼んだのが、ウガンダにルーツを持つ男性歌手マイケル・キワヌーカ。デビュー・アルバム『Home Again』収録のこの曲は、オリジナル版はフォーク〜カントリー的な色彩の強いほのぼのとしたナンバーだが、ここに収めたのは、オーティス・レディング「(Sittin’ On)The Dock Of The Bay」を思いださせるメロディーが、跳ねるような快いリズムに乗った、ヴィンテージ・ソウル的な質感を漂わせるグルーヴィーなヴァージョン。素朴な温もりが感じられる歌声と、衒いのない茶褐色のアコースティック・サウンドに、好感を抱かずにいられない。
さて、全20曲81分28秒にわたる『Free Soul〜2010s Urban-Mellow Supreme』、いかがだっただろうか。当初は(楽曲の使用許諾が間に合えば)エンディングに大好きなケンドリック・ラマー&メアリー・J.ブライジの「Now Or Never」を置こう、と考えたりもしていたが、これだけの選曲が実現できたなら、もう何も言うことはない。100%満足のいくコンピを作ることができた歓びを享受しながら、今はただひたすら、このCDを繰り返し聴きたいと思う。そして、皆さんがもし僕と同じような気持ちを抱いてくれたなら、本望と言うほかない。素晴らしい音楽家たちに心から感謝したい。
『Free Soul. the classic of Terry Callier』ライナー(橋本徹)
テリー・キャリアーの「Ordinary Joe」という曲に出会っていなかったら、フリー・ソウル・ムーヴメントは始まっていなかったかもしれない。いや、今とは違う方向に進んでいただろう、と言うべきか。決してファンキーというわけではないこの曲がダンスフロアを揺るがせ、多くのオーディエンスが胸を熱くして踊る姿をDJブースから見つめながら、僕は何度もそう思ったことがある。フリー・ソウルにとって歌心やメロディーが大切な要素になったのは、この曲の存在と無縁ではないだろう。「Ordinary Joe」へのシンパシーが見えない力で皆を結びつけ、誰もがリズム感(身体)だけでなく心(ハートすなわちソウル)で踊っていたのだと思う。
だからこそ、一昨年の秋、テリー・キャリアーが亡くなったという悲しい知らせを受けたとき、最初は信じられないという気持ちで言葉が出なかったが、やがて様々な思いやシーンが脳裏を駆けめぐった。そして、大きな哀しみの後に、感謝としか表現しようのない強い気持ちが湧き上がってきた。自分と同じように彼の音楽を心から愛する仲間と共に、カフェ・アプレミディで「テリー・キャリアーを偲ぶ夜」と題して追悼DJの集いを開いた。残念ながら昨今、敬愛するミュージシャンの死に直面することは少なくないが、これほど真摯な心持ちに満たされたことは稀だった。僕はそのとき、テリー・キャリアーから受けた感動を素直に記録しておこうと、ささやかな鎮魂の希いをこめ、「Truth In Tears」に始まる2枚組のプライヴェイトCD-Rを作り、友人たちに渡した。それをもとに、「usen for Cafe Apres-midi」では“Talkin’ About T.C.”と題した4時間の追悼番組も制作した。この『Free Soul. the classic of Terry Callier』は、その2枚のCD-Rから苦心の末に、さらにCD1枚分に選曲を絞りこんだものだ。フリー・ソウル20周年にまつわるコンピレイション企画をレコード会社から求められ、僕がまず最初に思い浮かべたのがテリー・キャリアーだった。それは言ってみれば、20年越しの念願でもあったのだが。
「Ordinary Joe」を初めて知ったのは1990年代初頭、ケヴィン・ビードルが英チャーリーで編んだ、その名も『Free Soul』というコンピがきっかけだった。1960 〜70年代にソウル/ジャズ/フォーク/ブルースなどの溶け合った、心震わせる素晴らしい音楽を遺したテリー・キャリアーは、それでもヒットには恵まれず、80年代に入ると、男手ひとつで娘を育てるため、シカゴ大学でコンピューター技師として生計を立てようと、音楽界から引退していた。ところが90年代を迎え、彼のかけがえのない作品群は、時をこえて脚光を浴びようとしていたのだ。本能的に吸引力のある言葉だと感じたそのコンピの“Free Soul”というタイトルを象徴する楽曲が、僕には「Ordinary Joe」だった。狂おしいほど胸を突かれる、慈愛に満ちた歌声と切ないメロディー。こんないい曲が知られていないなんて、という疑問は、20代半ばの自分をフリー・ソウルに駆りたてるに充分な動機だった。同じ頃リリースされた『The Best Of Terry Callier On Cadet』とアシッド・ジャズから12インチ・リイシューされていた「I Don’t Want To See Myself(Without You)」(熱情ほとばしるA面もさることながら、B面の「If I Could Make You (Change Your Mind)」には、とりわけ強く惹かれた)も併せ、テリー・キャリアーの虜となった僕は、すぐさま彼の70年代前半カデット期のオリジナル・アルバム3枚を探し、廃盤専門店に足繁く通うことになる。そうしてようやく手に入れたそれらのジャケット・デザインにも僕は魅了され、しばらくの間は自分の部屋のスピーカーの上に飾り続けていた。その時期にテリー・キャリアーを支えた名プロデューサー、チャールズ・ステップニーの手がけた数々のレコードも、いつしか片っ端から集めるようになっていた。
そして1994年に始まったDJパーティー“Free Soul Underground”を通して「Ordinary Joe」は文字通りアンセムとなり、テリー・キャリアーの名も東京の音楽シーンで次第に知られるようになっていく。1995年秋に僕が選曲したコンピ『Free Soul Mind』には、カデット時代の3枚から1曲ずつ、「Ordinary Joe」「You Goin’ Miss Your Candyman」「Gotta Get Closer To You」をエントリーした。印象的なベース・ラインに導かれる「You Goin’ Miss Your Candyman」は当時アーバン・スピーシーズがサンプリングしていたし、清々しい疾走感あふれる「Gotta Get Closer To You」は僕にはポール・ウェラーを彷彿させた。その頃には、ノーザン・ソウル人気のグルーヴィーなシングル「Look At Me Now」なども、フリー・ソウルをとりまくクラブ・シーンではスピンされるようになっていた。
1997年にはとても重要な、今も大事に聴き続けている12インチが登場する。ひとつはイギリスの女性シンガー・ソングライター、ベス・オートンが英ヘヴンリーから発表した『Best Bit EP』。そのB面は、元ブロウ・モンキーズのドクター・ロバートのプロデュースにより、テリー・キャリアーが全面参加していて、フレッド・ニール「Dolphins」のカヴァー、そしてテリー・キャリアー作「Lean On Me」(奇しくも同名曲をヒットさせたビル・ウィザースを思い起こさずにいられない)における慈愛あふれる歌声が、筆舌に尽くしがたいほど胸に沁みてくる。もうひとつはジャイルス・ピーターソンの尽力によるトーキング・ラウドからの再起の第一歩となった彼自身の「Love Theme From Spartacus」。ユセフ・ラティーフのモーダルなワルツ・ジャズ・ヴァージョンで絶大な人気を集めるアレックス・ノースによる映画音楽曲のカヴァーだが、4ヒーローによるタイトなグルーヴが絶品のリミックスも、テリー・キャリアー第二章の幕開きに相応しかった。
香り高いそのトラックと共に、2001年にコンピレイション『Talkin’ Loud Meets Free Soul 2』を組んだときにも、1998年のカムバック盤『Timepeace』から「No More Blues」を収録したが、ウェイン・ショーターの名曲を改作したモーダル&スピリチュアルな「Following Your Footprints」は今回が初セレクト(前回は代わりにカーティス・メイフィールドの名作を発展させたハートウォームな「People Get Ready / Brotherly Love」を選んでいた)。彼が亡くなった今、“Like a disciple, I follow in your footprints”という歌詞に誓って、改めてその足跡をたどっていきたいという深い敬愛の気持ちをもちろんこめている。
21世紀に入ってからは、「Brother To Brother」でのポール・ウェラーとの顔合わせに感涙したが(男同士の友情というか“絆”を感じることもあって、スタイル・カウンシルの「Solid Bond In Your Heart」という曲名が頭をよぎる)、日本の音楽ファンにとっては、たびたびの来日でテリー・キャリアーのライヴを間近に体験できるようになったことが、何よりも大きかったと思う。僕も自分にとって大切な人たちと何度となく足を運んだ。じんわりと心の柔らかい部分に触れてくる、滋味深い歌。特に初来日の際、彼がジョン・コルトレーンのTシャツを着て登場し、いきなり「Ordinary Joe」を歌い始めた瞬間、背筋に電気が走ったことは忘れられない。彼の名は、その感動的なパフォーマンスと共に、さらに広く知られるようになっていた。アイズレー・ジャスパー・アイズレーの素敵なカヴァー「Caravan Of Love」や、歌詞にも胸を打たれずにいられない「Tokyo Moon」が、FM各局で盛んにオンエアされるのを耳にするようになったのも、2000年代前半のことだ。
そうした中で、日本の音楽愛好家やDJ /アーティストとも親交を深めていったテリー・キャリアーだが、特筆すべきトピックをひとつ挙げるとすれば、やはりNujabesによる「Ordinary Joe」のカヴァーへヴォーカル参加したことだろう。空前の大ヒットを記録したメロウ・ビーツ〜ジャジー・ヒップホップの名盤『Modal Soul』にフィーチャーされることで、彼の歌声はまたひとつ下の世代の音楽ファンにも温かく迎え入れられることとなった。そんな深い縁があったこともあって、Nujabes逝去に際して、僕が哀悼の意をこめ“亡き友に捧げるレクイエム”というテーマで作ったコンピレイション『Brother Where Are You』には、テリー・キャリアーの「Ordinary Joe」のロンドンは「ジャズ・カフェ」での実況録音を収めている。2001年に発表されたライヴ盤『Alive』のオープニングを飾った、冒頭のスキャットから泣けてしまうような名演だ。
2007年には僕のフェイヴァリット・アルバムを“Suburbia Favourite Shop”というシリーズで復刻する際に、カデットの3枚とトーキング・ラウドの『Timepeace』を選盤させていただき、2009年には『Mellow Voices 〜 Beautifully Human Edition』に、故郷シカゴで同じ学校に通った幼なじみであり、偉大なソウル歌手のカーティス・メイフィールドのことを歌った「The Hood I Left Behind」を入れさせていただいた。普段はアーティストにサインをもらうことに関心がない僕も、そのCDと1997年の2枚の12インチ、そしてカデット3作のレコードに綴られたテリー・キャリアーのメッセージは、いつも心に留めていたいと思い、今もカフェ・アプレミディにジャケットを飾っている。コンパイルの過程で、人生、ということについて、今回の選曲ほど考えたことも、これまでなかった。
個人的な思い出や思い入れを徒然なるままに綴るうちに、この『Free Soul. the classic of Terry Callier』のライナーも、「Ordinary Joe」についての話が多くなったが、この曲をどのヴァージョンで収録するかは、やはり今作のセレクションの大きなポイントだった。結局は希少性より王道を選択しようとカデットの正規録音とNujabesとの共演に落ちついたが、初期のデモ音源、1979年の再録、「ジャズ・カフェ」のライヴも本当に捨てがたい。この文章は最後も、僕とフリー・ソウルにとってのアーバン・ブルースと言えるこの曲の歌詞で締めくくろうと思う。
I’ve seen a sparrow get high
He’s a little bit freer than I
この歌のフレーズを口ずさんで空を見上げるとき、天国で和やかに微笑むテリー・キャリアーの表情を思い浮かべ、僕は自由について考える。そこでの彼はもちろん、チャールズ・ステップニーやミニー・リパートン、カーティス・メイフィールドそしてNujabes……音楽を愛する心優しき仲間に囲まれている。
『フリー・ソウル・キリンジ』ライナー(橋本徹)
『フリー・ソウル・キリンジ』を選曲してもらえませんか、と不意の電話がかかってきたときに感じた胸の高鳴りは忘れられない。そのときの何だか甘酸っぱい、爽やかな風が吹いたような気持ちをそのままパッケージするつもりで、思う存分てらいなく、コンパイルを進めていった。
もちろんセレクトに際しては、今では入手困難なシングルのカップリング曲やリミックス/別ヴァージョン、インディーズ時代の音源やトリビュート・アルバムへの提供曲も含め、すべてのキリンジ“兄弟時代”の作品を聴き返してみた。1997年から2013年まで、デビューからの彼らの歴史を改めてたどるように。それでも、結果としてご覧のように、ストライク・ゾーンに渾身のストレートを投げ込むようなセレクションになったのは、そうした素直な気分の反映だろう。選曲を終えたときに感じた清々しさも、僕はきっと忘れない。
「今日も誰かの誕生日」に始めて、「サイレンの歌」に終わる、というのは最初から決めていたが、曲順決定も極めてスムーズで、全く迷うことはなかった。“世界は憂鬱/いつでも残酷/だけど今夜は最高”という「今日も誰かの誕生日」の一節を、このコンピレイションを貫くトーンと考えていたから。それは『フリー・ソウル・キリンジ』の通奏低音であり、“Free Soul”シリーズで初めてカタカナ縦組みのデザインとした、街の夜景をあしらったジャケットのアイディアの源にもなっている。
選曲の過程では様々なことも思いだした。憶えばキリンジを初めて聴いたのは、タワーレコードが発行するフリー・マガジン「bounce」の編集長をしていた97〜98年頃だった。流麗なメロディー・センスと美しいハーモニー・ワーク、型通りには行かない、時として文学的でさえある言葉選びと、器楽的な少しぎくしゃくとした節まわしが生むカタルシス。同時にそこには、豊かな音楽的背景と強い探究心が感じられた。その頃すでに、グルーヴィー&メロウな70年代ソウル周辺音楽に光を当てようと“Free Soul”をスタートさせていた僕は、アイズレー・ブラザーズやナイトフライトへの共鳴がうかがえる「双子座グラフィティ」や「野良の虹」を聴いて、当然のように心くすぐられ、好感を抱いた。そしてそれ以上に「雨を見くびるな」や「かどわかされて」に、こんな日本語のポップスは聴いたことがない、と魅了されたのだった。好きな音楽への憧れと、唯一無二の独特のオリジナリティー、その青くさいほどの甘酸っぱさに。
このコンピを作るうちに、より特別な存在になっていった曲もある。例えば堀込高樹のソロ作「冬来たりなば」。大瀧詠一が亡くなったと知った去年の大晦日、僕は“春よ来い”からの連想でこの曲を聴いていて、あふれる詩情に胸が詰まった。はっぴいえんどへのオマージュにも相応しい掌編小説、あるいは短編映画のようで、文学作品としても一級品だと感じた。堀込泰行のソロ作となる馬の骨「燃え殻」も、昨秋のSoggy Cheeriosのオープニング・アクトとしてのライヴ演奏を機に、とりわけ深く、心のひだにまで染みわたるようになった。ヴォーカルとメロディーが一心同体となってじわじわと感情が奔流していく、ボズ・スキャッグスを思わせるような内なる高揚に感極まるこの曲は、彼にしか表現できない個性だろう。もはや日本語によるポップスのスタンダードとして、絶大な人気と評価を得ているメランコリックなミディアム・バラード「エイリアンズ」にも匹敵する名作だと思う。
収録したひとつひとつの曲について詳しく触れていきたい気持ちもあるが、それこそどれだけ字数があっても足りないだろう。それでもやはり「今日も誰かの誕生日」はSMAPに歌ってほしいような名曲だし(スライ風アレンジの「君のことだよ」もそうだな)、「サイレンの歌」を聴けばビーチ・ボーイズの『Surf’s Up』や「’Til I Die」のことを考えずにいられない。「君の胸に抱かれたい」や「恋の祭典」は麗しのソフト・ロック名品という感じだし、「グッデイ・グッバイ」が流れればアル・クーパー「Where Were You When I Needed You」を口ずさみたくなってしまう。「YOU AND ME」のアーバン感や「スウィートソウル」を聴いているときに感じるサウダージについても特筆すべきだろう。メロウに揺れるエレピが印象的な堀込高樹の歌うボサ・ソウル「まぶしがりや」は、僕ならではというか、“カフェ・アプレミディ”的感性による選出かもしれない。逆に本来なら、複雑なコード進行などでスティーリー・ダンを彷彿させる楽曲(冨田恵一の貢献も大きいだろう)がもう少し選ばれてもいいのだろうが、「ダンボールの宮殿」に代表させていたりする。いずれにしても、一貫して感じられるのは、堀込高樹がかつて「普通の古着の、なんてことのないボタンダウン・シャツを着ていても、ブルックス・ブラザーズに見えていたと思う」と自ら語っていた、趣味のよさだ。もちろん実際の彼らは、それだけではない、ある種の毒も含んでいるところが魅力的なのだが。
考えてみれば、堀込高樹・泰行の二人とそれほど個人的な関わりが強くあるわけではない僕が、『フリー・ソウル・キリンジ』のコンパイルに携われたのは、本当に幸せなことだ。彼らには、2007年に僕がアントニオ・カルロス・ジョビン生誕80周年を記念してプロデュースした『ジョビニアーナ〜愛と微笑みと花』のために、中島ノブユキとの顔合わせで「Wave」をカヴァーしてもらったことがあるくらいで、その後は「Billboard Live TOKYO」のアニヴァーサリー対談で一緒になったことがあるだけだ(泰行とは同じバーで飲み合わせたことが何度となくあるが、待ち合わせたことは一度もない)。でもそんな僕だからこそ、レコード会社間の収録曲数のバランスに多少は気を遣ったものの、純粋なリスナー目線の、キリンジの音楽の素晴らしさがまっすぐ伝わるコンピレイションを作ることができたのではないか、と今は感じている。レーベルの枠を越えて、僕なりのキリンジ“兄弟時代”のオールタイム・ベスト・セレクションを実現してくださった皆さんに、ただただ心から感謝したい。
最後にエピソードをひとつ。僕の手元には今、1991年の夏に、当時まだ大学生だったはずの若き日の堀込高樹からもらった手紙がある。そこにはフリー・ペーパー「Suburbia Suite」を始めたばかりだった僕へのリクエストに、A&Mサウンドのことが綴られている。そういう時代だった、と言ってしまえばそれまでだが、人と人の物語の不思議を感じずにはいられない。もちろんその頃は、彼がこれほどの才能の持ち主だとは知る由もなかった。僕は葉書を眺めているうちに、あの夏がここに連れてきてくれたんだな、と何となくそんな気がして、懐かしい気持ちになった。
Free Soul 20周年記念リリース一覧(2/25現在)
『Free Soul meets P-VINE』(Pヴァイン)11/20
『Free Soul ~ 2010s Urban-Mellow』(Pヴァイン)12/20
『Urban-Mellow FM 77.4』(インパートメント)2/6
『Free Soul. the classic of Terry Callier』(ユニバーサル)3/12
『Free Soul ~ 2010s Urban-Mellow Supreme』(ユニバーサル)3/19
『フリー・ソウル・キリンジ』(2枚組/コロムビア)4/2
『Ultimate Free Soul Collection』(3枚組/ユニバーサル)4/9
『Free Soul ~ 2010s Urban-Groove』(Pヴァイン)4/16
『Urban-Saudade FM 76.4』(インパートメント)4/27
〈Free Soul〉 オリジナル・アルバム・リイシュー50枚(ユニバーサル)5/21
『Free Soul Adventure Music』(Adventure Music/NY)5/21
『Free Soul. the classic of The Stylistics』(ビクター)6/4
『Free Soul ~ 2010s Urban-Sweet』(ビクター)6/4
〈Free Soul〉 オリジナル・アルバム・リイシュー50枚(ユニバーサル)6/18
『Free Soul. the classic of Sade』(ソニー)発売日未定