僕の新しいコンピレイション『音楽のある風景〜Sunlight to Moonlight』ができあがりました。さっそく
UNITED ARROWSウェブサイトの連載コラムで紹介させていただきましたが、今日HMVホームページにも、詳細な全曲解説とアプレミディ・レコーズの歴史を振り返る内容の20,000字におよぶ
“橋本徹の『音楽のある風景』対談・特別編”が掲載されたばかりですので、ぜひご覧ください。2009年にリリースされた『音楽のある風景』四季シリーズのファンの方はもちろん、最近の“架空のFM”をテーマにした連作や『Free Soul』〜『カフェ・アプレミディ』のコンピを好きな方にも、間違いなく気に入っていただけるのでは、と思っています。
そして今月は、僕もいつになく仕事をしていて、11/20リリースの『Free Soul meets P-VINE』を皮切りとする、来年20周年を迎えるFree Soul関連の編集・執筆・選曲に取りかかっていました。CD購入特典として、「Suburbia Suite presents Free Soul Perspective 2013」という73枚のディスクガイドと僕のインタヴュー(今回のリリースに至る経緯などが記されているので、このブログにも後ほど転載します)を収めた冊子も制作しましたので、楽しみにお待ちください。
Free Soulについては、10/31発行の「Wax Poetics Japan」誌の5周年記念号(表紙はマッドリブ&カット・ケミスト!)にも、4ページにわたって5,000字の書き下ろし原稿(編集長が「Shaped by Love〜連続したひとつの物語」というタイトルをつけてくれました)を寄せていますので、読んでいただけたら嬉しいです。CDの方も、Pヴァインからいただいた話に続いて、豊富なカタログが揃うソニー/ユニバーサルともコンピ&リイシュー企画が進み始めているので、しばらくの間はしっかり働かなければ、と気を引き締めている今日この頃です。
それでは、僕の『Free Soul meets P-VINE』ライナー、「Free Soul Perspective 2013」に載せられたインタヴュー、waltzanovaによる『Free Soul meets P-VINE』レヴューを、続けてお読みください。そうそう、12/18リリース予定の『Free Soul ~ 2010s Urban-Mellow』に向けての僕のモティヴェイションの高まりは、ここに書くまでもありませんね。
追記:10月は「Toru II Toru presents Soggy Cheerios Tabloid」の編集も手がけました。直枝政広・鈴木惣一朗、音楽好きとして尊敬する両氏の深い音楽愛が伝わる、読み応えのあるものになったと自負していますので、ぜひチェックしてみてください。スペシャル・ライヴ10曲入りCDと併せ、Soggy CheeriosのオフィシャルHPで通信販売も行うそうです。
『Free Soul meets P-VINE』ライナー(橋本徹)
久しぶりのフリー・ソウル・コンピのライナーノーツ、テリー・キャリアーの命日、一周忌にペンを執った。
思いだすのは初めて「Ordinary Joe」を聴いた日のこと。1991年、僕は英チャーリーでケヴィン・ビードルが編集した『Free Soul』というレコードを手にしていた。こんな素晴らしい曲があったのかと、心の底から感動した。それは静かな衝撃だった。と同時に、どうしてこんな素晴らしい曲が知られていないんだ、とも強く思った。この国の音楽ジャーナリズムでは、それまで全く触れられていないアーティストだったから。
この『Free Soul meets P-VINE』に収められている曲も、90年代に僕にそんな思いを抱かせた、当時は知られざる存在でありながら、心を震わされた名作ばかりだ。そして、そうした出会い、感激が、フリー・ソウルの原動力・推進力となったことは言うまでもない。
最初は90年代初頭、アリス・クラークだった。アシッド・ジャズ・レーベルが編んでいた『Totally Wired』シリーズがきっかけだった(ジョン・ルシアンもこれで知った)。オリジナル・アルバムを必死で探して聴いたら、今回収録した「Never Did I Stop Loving You」「Don't You Care」以外にも、「Hard Hard Promises」「Hey Girl」などに魅せられた。
ソウル・ジェネレイションはその前、大学生になった頃から甘茶ソウルの名盤として知っていたが、ブルー・アイド・ソウルという甘酸っぱい響きが好きな僕の愛する、ラスカルズ「Ray Of Hope」(希望の光)のカヴァーには誰も注目してくれていなかった。
DJパーティー“Free Soul Underground”で初めてジョン・ヴァレンティをかけたときのカタルシスも忘れられない。その頃はセカンド『女はドラマティック』(I Won’t Change)がかろうじてクリスタルなAORファンに知られているくらいだったから、「これ誰ですか?」とDJブースに集まってきたオーディエンスに「ブルー・アイド・スティーヴィー・ワンダーだよ」と得意気に話したのを憶えている。
タッチ・オブ・クラスは、学生時代から大好きだったウィリアム・ディヴォーン『Be Thankful For What You Got』を手がけていたフィリー・ソウルのプロデューサー、ジョン・デイヴィスのクレジットに惹かれ聴いたが、「Love Means Everything」一発でノックアウトされた。これもまた初めてDJプレイしたときの、ダンスフロアの熱くそして爽快な盛り上がりがよみがえる。
中古盤店の壁に飾られていて、ジャケットの美しさに思わず手にとってしまったのはレムリアとスパンキー・ウィルソン。黄昏に染まる夕暮れのビーチの光景、黄色いタートルネックセーターとはにかんだような笑顔。試聴させてもらったら、中身も最高だった。何度となくフロアを揺らし、得も言われぬ色香をふりまいたブラジリアン・ダンサーに、メロウにきらめく波のようなアコースティック・グルーヴ。キュートにパワフルに弾ける、ワッツ・103rd・ストリート・リズム・バンドとフィフス・ディメンションのポジティヴなフィーリングあふれる胸のすくような名カヴァー。
やはりマニア垂涎でプレミアがついていたミルトン・ライトも、「Keep It Up」の哀愁メロウネスを聴いたら買わずにはいられなかった。当時イギリスの愛好家が“トゥー・ステップ・ソウル”と呼んでいた揺れるようなグルーヴに、自分の好きなものが多いことに気づいたりもした。
ヴィヴァ・ブラジルのクラウディオ・アマラルが歌う切ないサウダージ・フィーリングが琴線に触れるブラジリアン・ジャズ、ジョイス・クーリングの「It’s You」は、一聴して自分がかけずに誰がかけるんだ、と入れ込んだ。「You Light Up My Life」がまさにそんな感じだったジュディー・ロバーツは、レオン&メアリー・ラッセルのウェディング・ラヴ・ソング「Rainbow In Your Eyes」のカヴァーを。アル・ジャロウの素晴らしいヴァージョンも含め、ある時期、自分のテーマ曲のようにスピンしていた。
ヴィンス・アンドリュースとボビー・コールは、4ビートで踊る楽しさを改めて教えてくれた。多幸感あふれる至上のハッピー・ジャズ「Love, Oh Love」と、ピアノ・トリオの華麗な演奏にのって男気と渋味が疾走する「A Perfect Day」。フレッド・ジョンソンの「A Child Runs Free」もまたしかり。英ジャズマンからリリースされた、この曲とフレディー・コールの涙の名唱「Brother Where Are You」のカップリング盤ほど、90年代後半にDJで重宝した7インチはなかった。
同じ頃に出会ったペニー・グッドウィンは、やはりマーヴィン・ゲイ「What’s Going On」のめくるめくように大胆なアレンジに驚かされたが、その後に発掘されたライヴ録音にも涙した。胸を締めつけられるミシェル・ルグランのカヴァー「Little Girl Lost」は、僕が無人島に、いや天国に持っていきたい曲だ。
かつては秘宝と言われ、とびきり入手困難だったテッド・コールマン・バンドとビリー・ウッテンも、ここに顔を揃える。ハートウォーミングでジェントルなヴァイブの音色が彩る、心地よいメロウ&サウダージ・ブリーズ。ぜひ窓から風を入れて、この優しくフレンドリーなグルーヴに身を委ねてほしい。
そして僕がこのコンピレイションにエントリーできて最も嬉しい、プラシーボによるマーヴィン・ゲイ「Inner City Blues」とカーリン・クローグによるスティーヴ・キューン「Meaning Of Love」。どちらも40年経った耳で聴いても「ヤバイ」としか言いようがないビート、心の奥深いところまで染みてくる歌。メロウかつヒップ、グルーヴィーかつメディテイティヴな、奇跡のような音楽だ。
曲順も僕なりに起承転結の流れを意識して組んでみた『Free Soul meets P-VINE』、いかがだっただろうか。魂を揺さぶられる曲、気持ちを掻き立てられる曲、切なく胸を疼かせる曲……まさしくエヴァーグリーン・ベストと言える輝き。そう感じたのは僕だけではないと信じる。
原盤がマイナー・レーベルの稀少な作品、すなわち90年代には廃盤専門店の高嶺の花だった曲がきら星のごとく並んでいるから、数あるフリー・ソウル・コンピの中でも珠玉の粒揃い、と感じた方も少なくないだろう(特に90年代からレコードショップに通いつめていた熱心なリスナーなら)。メジャー・カンパニーのすべてのカタログを駆使しても、これだけの音源は集まらない。いや小さなレーベルだからこそ、地道なライセンス契約を通して、これだけ集められたと言えるかもしれない。そこにこそ、この『Free Soul meets P-VINE』の価値があるのだと僕は感じる。そしてそれは、埋もれた名作に光を当て続けてきた、この20年の東京の音楽シーンの成果・結実でもあると。
橋本徹 (SUBURBIA) インタヴュー(text by waltzaova)
―今回、この2枚のCDがリリースされることになったいきさつを教えてください。
橋本/最初はPヴァインのディレクターから、ザ・スパンデッツのデビューに際して、ぜひフリー・ソウル好きのリスナーに届けたいから、一緒に展開できるように、新しくコンピレイションを作ってもらえませんかという話をいただいて。で、せっかく出すんならクラシックス音源だけでなく、もう一枚、2010年代のフリー・ソウル的なコンピレイションも作りたいなと思ってたら、Pヴァインとタワーレコードが、来年はフリー・ソウル20周年だから、そこまで盛り上げていけるように、いろいろリリースしていきましょうとなって。
―まず、クラシックス音源の『Free Soul meets P-VINE』について、うかがいたいと思います。
橋本/この輝きはベスト・オブ・ベストというコンセプトだった『We ♡ Free Soul』クラスですよね。まさにエヴァーグリーン・ベスト。メジャー・レーベルの音源は、過去(90年代)に、もう十分にコンパイルしてきたので、今回は2000年代にCD化されたものが中心になった感じです。小さなレーベルでありながら、Pヴァインはフリー・ソウル〜レア・グルーヴ系の名作を、多くの世界初CD化も含めリイシューし続けてきていて、そうやって着実にリスナーに伝えてきた流れの集大成にふさわしく、絶品キラー・チューンの連続になっています。フリー・ソウルのDJパーティーのファンとコンピCDのファン、どちらもが好きな音楽が詰まった納得の選曲だと思いますよ。
―90年代という時代に、フリー・ソウルとは橋本さんにとってどんなものでしたか?
橋本/楽しさも切なさも喜びも悲しみも含めて、日々の感情に訴えるものでしたね。フリー・ソウルを象徴する存在というと、僕はオデッセイ「Battened Ships」やアリス・クラーク「Never Did I Stop Loving You」が思い浮かびます。20代のポジティヴな希望や理想を掲げていた自分の精神状態がそこに反映されていたからということもありますが。
―なるほど。橋本さんのコンピは、フリー・ソウルに限らず、日常の時間に寄り添ってくれるんですよね。だから、単なるレアな曲を集めただけのコンピにはならず、そんなに音楽に詳しくない(感覚的に音楽を聴いている)女の子とかでも気に入るんだと思います。
―次に、続いてリリースされる『Free Soul ~ 2010s Urban-Mellow』についてですが、2010年代のアーバン・メロウというテーマが浮かび上がってきた経緯は?
橋本/2000年代は世の中の“上げ ”に対して、僕は内省的な方向性の音楽、自分のコンピで言えば『Jazz Supreme』とか、カルロス・アギーレに代表される『素晴らしきメランコリーの世界』的な、今で言うクワイエット系のものをよく聴いていたんですが、震災をひとつのきっかけとして、ディケイド別の捉え方というのが生まれてきました。2010年代を迎えて、それ以前と、ジェイムス・ブレイク以降というか震災以降をつなぐ感覚を、『ブルー・モノローグ』で一度形にできたのも、いい区切りになって。で、特に去年くらいから、新譜を聴く中で、ソウル・ミュージックとか、アーバンやメロウとか、90年代というのが、ある種のキーワードになってるなと感じるようになったんですね。
―『2010s Urban-Mellow』を音楽的に紹介するとしたら、どんな感じでしょう。
橋本/エレクトリック・ソウルやNYジャズのスムースネスを、現代のアーバン・メロウ・ミュージックとして捉えること、アンビエントR&Bとエレクトロニカや、LAビートとUKベースの間で揺らぐ、クール&ダビーな感じ、ポスト・ダブステップ時代ならではの揺らめくように心を打つ歌、というあたりかな。
―なるほど、70年代再評価のときと同じように多彩ってことですね。90年代当時もフォーキー〜ファンキー・ロック〜ブラジリアン〜ディスコ・ガラージ〜スピリチュアル・ジャズなどという風に、フリー・ソウルの音楽地図が広がっていったのを覚えています。
橋本/あとはやっぱり、都市の音楽、ということですね。街の中で生活していて機能する音楽。気分を彩ってくれたり、心にしみて響いてくる音楽だったり。
―その視点というのは、「Suburbia Suite」の最初の頃から変わっていないところですよね。2010sとのつながりという意味で、アーティスト単位ではどうですか?
橋本/アーティスト別での現行シーンへの影響という点では、マーヴィン・ゲイ、スティーヴィー・ワンダー、ダニー・ハサウェイ、テリー・キャリアー、ミニー・リパートン、プリンスあたりは外せないですね。あと、現在という視点から見て輝いている90sレジェンドということならシャーデー、ディアンジェロ、マッシヴ・アタックという感じかな。
―確かに、そのあたりのアーティストも含めて、『2010s Urban-Mellow』はフリー・ソウルときちんと連続性があるなと、僕みたいな90年代から聴き続けてきた人間は思います(笑)。
橋本/従来のフリー・ソウル・リスナーに2010年代で何を薦めるかと問われたら、今回のようなラインナップになると思って。やっぱり自分も現役の現在進行形の音楽ファンなんで、聴き手としての自分と送り手としての自分がリンクしていることがリアリティーにつながると思うんですよね。2010年代のアップデート感というか、コンテンポラリー感みたいなものは伝えるのが自然なんじゃないかと思って。
―橋本さんは、95年にも『Free Soul 90s』という、ATCQやシャーデーやマッシヴ・アタックなど、同時代の音源を用いた6枚のシリーズをリリースしましたが、今の話を聞いていてそのことを思い出しました。
橋本/クラシックス音源と互いに補強・補完関係にあるようなものをめざしたかったんですよね。
―結果として、生音リスナーだけでなく、よりフラットで開かれたリスナーにも届いたと思います。今回の2枚も、同じような関係にあるんでしょうか。
橋本/そうですね。90年代を知らないリスナーにも伝えたいな、と思って。『Free Soul 90s』がそうだったように、新しい方から入るリスナーもいると思うんですよ。円環性というのが重要だと思うんですね。それはクラブ・ミュージックとホーム・リスニングという意味でもそうなんですが。
―あとは、ジェイムス・ブレイクやライによく表れていると思うけれど、2010sはゴーストリーな音像だったり、幽体離脱的な感覚やレイヤー感、ジェンダーなニュアンスも特徴的ですね。
橋本/そのあたりはこの後に続くディスクガイドを読んでもらえると、よく伝わるんじゃないかな。
―そうですね。ディスクガイドの選盤についてもコメントを。
橋本/ディスクガイドは、クラシックス音源については『Free Soul meets P-VINE』収録曲の紹介を主眼に選びました。2010sについては、2013年現在の感じを反映するように選んだつもりで、最初はそれぞれの盤に、フリー・ソウル・ファンの好きなどんな作品がそこに影響を与えているのかがわかるような、アイコンを付けようかとも思ったんです。例えばライにはシャーデー『Love Deluxe』、ホセ・ジェイムスにはディアンジェロ『Voodoo』とか、そんな感じで。マーヴィン・ゲイはいろいろなものに付くだろうし、インクやジ・インターネットにプリンス、ザ・デコーダーズにはミニー・リパートンという具合に。
―ジョナサン・ジェレマイアやマイケル・キワヌーカならテリー・キャリアーですね。ポスト・ダブステップの歌ものは、マッシヴ・アタックとかのブリストル的な流れを汲んでいると思いますし。
橋本/うん、そういうところに僕なりの“New Perspective”というか、2013年ならではの“New Directions Of All Around Soul Music”を感じてもらえたら嬉しいですね。それと今回はページ数の都合もあって、あまりヒップホップ寄りの盤を入れてないんだけど、それは2000年代に出した『Mellow Beats』シリーズが、ヒップホップとジャズをつなぐことにフォーカスした内容になっていたのと対照的だね。今気づいたけど(笑)。でも、ここには入らなかったけど、ケンドリック・ラマーやマック・ミラーなんかは好きでよく聴いています。あとは、ビルド・アン・アーク(カルロス・ニーニョ)の蒔いた種やエリカ・バドゥの客演の重要性が浮かび上がるようなディスクガイドにはなっていると思いますね。
―橋本さんが昔から提唱している、ジャンルレス、ボーダーレスな感覚というのが、今回のコンピCDやディスクガイドを通じて、より深い形で広まってくれると嬉しいですよね。ブラジル勢もフォローされていますし、新しい人だけでなく、イアン・オブライアンやI.G.カルチャーのようなカムバック賞(オマーあたりは次点だったのでしょうか)もありますし。今は情報はたくさんあるけれど、なかなか横断的なリスニングをしている人というのは少ないんじゃないかと思うので、意義のあることだと思います。
橋本/僕自身も、この前発見したんだけど、DJでかけているようなデトロイト・ビートダウンとかだけじゃなくて、フレンチ・ハウスの一部にも、今回のセレクションとテイストが通じるものがあるなと気づいたり、そういうのは音楽を聴く歓びのひとつでもありますよね。
『Free Soul meets P-VINE』レヴュー(waltzanova)
フリー・ソウルの最強打線。このCDのラインナップを見ていると、「綺羅星のごとく連なる」という形容がふさわしく思えてくる。90年代に「Suburbia Suite」で見た、そして中古レコード屋で飾られていたアルバムの曲たちがこうして一堂に会しているトラックリスト──もちろん、単体ではCD化されているものも多いけれども──を見ると、ある種の感慨を覚えずにはいられない。なぜなら、ここに並んでいるのは、約20年前にはこんなに気軽に聴けることが想像できない、要はクラブという現場を中心としてしか聴けなかった曲たちなのだから。
フリー・ソウルを長年聴いてきた人間の一人として、リリース当時わずかな枚数しかプレスされず、同時代的には無名だった曲たちが、90年代の東京で光を当てられ、今ではファンの界隈にとどまらずお馴染みの曲になっている、そこにこそフリー・ソウルやサバービアというムーヴメントの意義を感じずにはいられない。底上げと価値更新。それも、とてもナチュラルな形で。特にこの『P-VINE』盤については、原盤がマイナー・レーベルであるというのも強調すべき点だろう。ポップな曲からスピリチュアルなそれまでが仲良く肩を並べているところも、また。
展開的にも、見事に起承転結がついている。冒頭から7曲は、フリー・ソウルのイメージそのままの、高揚感と多幸感に満ちたヤング・ソウル的な曲がたたみかける。ブレイクからのドラマティックな瞬間に、景色が塗り替えられるような感覚を覚えるハワイのレムリアに続くのは、必殺のアリス・クラーク〜ジョン・ヴァレンティ〜スパンキー・ウィルソン〜タッチ・オブ・クラス……ほとんど反則級の展開だ(笑)。その後も、みんな大好きフリー・ソウル状態のオンパレード。
ヴィンス・アンドリュースのハッピー・ホリデイ・ジャズを機に、ジャジーな展開の「承」へ。一世を風靡したボビー・コール〜ジョイス・クーリング〜フレッド・ジョンソンには、個人的に90年代末の渋谷の雰囲気を思い出したりもした。そんな想いを抱かせるのも、音楽の効用だと思う。
「転」はプラシーボ×マーヴィン・ゲイから。続いてブリージンな風が吹き抜ける、ドライヴにも適したナンバーが連なり、ちょっとリスニング寄りのリラックスした選曲が続く。サウダージ感、出てます(笑)。そして「結」=締めはマーヴィン・ゲイ〜ラスカルズの名曲カヴァーで。コンピのラストには「光がちょっと射すような感じ」の曲を置く、ということをかつてのフリー・ソウル対談で橋本徹さんは話していたが、今回もそんな、邦題タイトル「希望の光」もまさに、という感じ。
この一枚を聴いていて、フリー・ソウルが日常の中に息づき、喜怒哀楽などのさまざまな感情を呼び起こしてくれる力を持った音楽だということを、改めて感じた。このアルバムをかければ、きっとファンならずとも心を動かされることだろう。90sをリアルタイムで体験した音楽好きも、2010sのヤング・リスナーも、共にその幸せを味わいたい。