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8月14日──橋本徹の『Seaside FM 80.4』対談&2012上半期ベストetc.
ブログの更新が滞ってしまい、ご無沙汰しております。書きたいことは山ほどある夏ですが、そんな夏だからこそ、なかなかまとまった時間をかけて、ペンを執ることができなくて。
この間に、アプレミディ・レコーズから、僕のコンピ『Seaside FM 80.4』とシモン・ダルメの『The Songs Remain』がリリースされ、とても好評を博していることへの感謝の気持ちだけでも言葉にしたいのですが。特に、この夏いちばんのかけがえのない思い出になった一昨日の『Seaside FM 80.4』リリース記念パーティーに集まってくださった皆さん、本当にありがとうございました。
今週は、渡辺亨さんと「真夏の夜を過ごすためのいくつかの音楽」を選曲テーマにした「Toru II Toru」DJツアーで、明日は渋谷・Bar Music、そして週末8/17〜19は鹿児島〜熊本〜長崎をまわりますので、その前に取り急ぎ、「Toru II Toru」フリーペーパーから、『Seaside FM 80.4』対談と僕の2012年上半期ベストCD20枚を掲載しておきます。
また、シモン・ダルメ『The Songs Remain』に渡辺さんが寄せてくれた素晴らしいライナーも、併せてお読みください。“ビーチ・ボーイズ『Friends』とベン・ワット『North Marine Drive』を結ぶアルバム”というのは、このフランスの知る人ぞ知るシンガー・ソングライター&ピアニストへの、僕の最大級の讃辞です。厳選を重ねるアプレミディ・レコーズの単体アーティスト作品としては、カルロス・アギーレ/ルイ以来となるこの「青のアルバム」を、ぜひ皆さんにご愛聴いただき、新たな一生の名盤にしてもらえたら、とても嬉しいです。


橋本徹の『Seaside FM 80.4』対談
「海辺のFMステイション」をテーマにした、橋本徹さん(SUBURBIA)選曲の最新コンピレイション『Seaside FM 80.4』。ラジオ・ミュージックの持つトキメキ感を宿した、輝く季節を彩る名曲たち。眩しい陽光が輝く昼間、そして黄金色に染まる夕暮れ時も美しいこの季節にピッタリの一枚です。そのリリースを記念して、コンパイラーである橋本徹さんと「Toru II Toru」フリーペーパー編集人のwaltzanovaが、収録曲についての対談を行いました。『Seaside FM 80.4』をより広く深く聴くためのテキストとしてお楽しみください!

01. Ventura Highway / Geyster
橋本/イントロから自然に引き込まれる感じがあるよね、これは。ジャネット・ジャクソンがサンプリングする前からフリー・ソウルのDJパーティーで流れてたアメリカのオリジナルが風を切る感じだとしたら、こっちは優しく肌を撫でるような感じというか。
ワルツ/そこはアコギとピアノの違いかもしれないですね。『音楽のある風景〜夏から秋へ』にも、アイダ・サンドのヴァージョンが収められていて、それと聴き比べるのも楽しいですね。
橋本/そこはもちろん意図したよ。あのゆっくりと始まるコンピのオープニングが、僕の周囲ではすごく評判が良かったんだ。それにあやかってというか、その感じを思い出してくれたら嬉しいなと。
ワルツ/ジャケットの色合い同様、爽やかに広がる夏の空というイメージですよね。ブルー・オアシス的な。
橋本/あとは、海辺のまだ早い時間とか、逆に夕闇せまるマジック・アワーとかね。人影もまばらな海辺というか。

02. Mangoes And Pears / Gaby Hernandez 
ワルツ/ここから早くもハイライトに向かう感じですが。
橋本/音楽が流れる時間や風景が、ゆっくりと動き出す感じを狙ったんだよね。この曲が2曲目にあることによって。
ワルツ/すごく求心力のある曲ですよね。ミニー・リパートンの「Lovin’ You」とかパティ・オースティンの「Say You Love Me」的な。
橋本/今まではそういう曲ってエンディング直前に置くことが多かったんだけど、今回はFM感を意識して早めに聴かせる構成が合ってるんじゃないかと思ったんだ。
ワルツ/FM感とか、ラジオ・ミュージック的な魅力というのは今回すごく感じました。この曲の柔らかで優しい感じとか、次の(3)の爽やかでメロウな高揚感だったりとか。
橋本/音楽を選ぶときに、聴いた人が幸せな気持ちになれるようにというのはいつも心掛けているんだよね。それは選曲家としての一つのモラルというか。
ワルツ/橋本さんのコンピレイションを聴くと、いつもそれは感じます。特に今回はそういうポジティヴな雰囲気が強いというか。
橋本/ジャック・ドゥミの「映画を観終わったときに、観客が幸せな気持ちになるような映画を撮るのが、映画監督としての自分のモラルだ」という言葉に影響を受けているのかもね。
ワルツ/ある種の共感性、親和性ですね。
橋本/やっぱり自分にとっては『ブルー・モノローグ Daylight At Midnight』を作ることができたのが大きくて、選曲しているときの精神状態も、一時期より前向きになれているのが反映されているんじゃないかな。

03. Nada Mais / Deni 
ワルツ/ここでみんな大好きキラー・チューンが来ますが(笑)。
橋本/80分かけてCDをじっくり構成していくっていう考え方がここ最近染みついてたんだけど、ラジオとかFM感というのを意識したときに、ちょっと早めに働きかけていこうかと思って。
ワルツ/この曲のイントロを聴いたときに、カットインしてくる感じというか、切り込んでくるような鮮烈な印象を受けました。グルーヴィーなギター・カッティングに続いて、スティーヴィー風のブラジリアン・ソウルという。僕は山下達郎の「Sparkle」とかを思い出しましたね。フリー・ソウルが好きな人なら思わず反応してしまう感じです。
橋本/例えばDJをやってるときにグッとフロアがロックされる瞬間があるんだけど、CDやラジオの目に見えないリスナーに対してもそれは感じることができて。もちろん過去にこの曲をかけて、お客さんが笑顔になる瞬間というのを何度も見てるというのもあるんだけど。甘い空気が流れ出すというか、海に向かうときの高まる気分みたいのを表現できたらな、と思って。
ワルツ/そうですね。景色が塗り替えられていく感じというか。都会から海に向かうぞ!っていう(笑)。
橋本/アクセルをグッと踏み込む感じね(笑)。僕らみたいに世田谷〜渋谷近辺に住んでる人間の感覚からすると、この曲あたりで第三京浜に入って、多摩川を渡って西へ南へ向かうイメージ。

04. You've Got A Friend / Jesse Fischer & Soul Cycle feat. Gretchen Parlato 
ワルツ/次の曲は、ジェイムス・テイラー〜キャロル・キングで知られるSSWものの名曲中の名曲。これも聴いた人の心をつかむ力がありますね。
橋本/グレッチェン・パーラトは以前もシンプリー・レッドやジャヴァンの曲を取り上げたりしていたけど、ニューヨークのジャズ・ミュージシャンの感覚とかセンスがよく出ている選曲だよね。
ワルツ/サウンド的には(3)同様、エレピがすごく効いてますよね。今回のコンピレイションのキーになる楽器というか、音色だと思うんですが。
橋本/そうだね、今回はエレピ感を強調したセレクションになってるね。90年代からのフリー・ソウルなんかでも70年代のエレピが心地よいジャズ・ファンクやメロウ・グルーヴを多く選曲してきたんだけど、それとはまた違う揺れる感じとか柔らかい感じを出したくて。
ワルツ/ある時期から、浮遊感がすごく重要ってことを言われてましたよね。アジムスのライヴのときの話だったと思いますが。
橋本/ダブ感やエコー感の心地よさとかね。それが、一時期からの音楽には大切なものになってきているというか。いわゆるワルツさん言うところの……
ワルツ/「デフォルト」ですよね?(笑)。
橋本/そうそう、デフォルト(笑)。最近のサウンド・テクスチュアでは、ダビーな浮遊感や酩酊感みたいなものがメロウに感じられるというか。
ワルツ/それと、この曲はグレッチェンにしてはすごくストレートに歌っていますね。
橋本/うん、あまりフェイクしてなくて、最初に聴いたときから、これはサロン・ジャズ的な解釈で「usen for Cafe Apres-midi」のニュー・スタンダードになるな、という確信を持ったよ。
ワルツ/生まれたときからクラシック感があったということですね。あとは、普段に比べて彼女の女性らしさというか、コケティッシュな魅力が出ている気がします。もちろん普段から彼女の中にはある魅力なんだけれど、特にそれが「You’ve Got A Friend」という曲によって上手く引き出されているなぁと。

05. It's Not Unusual / Clare Teal 
ワルツ/で、続いてはご存じトム・ジョーンズの人気曲のカヴァーですね。ここでは、サロン・ジャズ×ボサ的な解釈のヴァージョンを収録していて、橋本さんワークスだと、『サロン・ジャズ・ヴォーカル』シリーズとの連続性も感じさせます。
橋本/そうだね。(8)の「Love So Fine」もそうだけれど、原曲はいわゆる勢いと輝きのあるポップスだけど、時代を反映してる部分もあってか、ここではもう少しラウンジーで洒落たジャズっぽいアレンジになっているよね。
ワルツ/ここまでの流れだけでも、曲調なんかもかなり多彩な感じになっていて、すごくFM〜ラジオっぽさを感じます。
橋本/いい意味で曲のタイプがバラけているというか、そこから生まれるモザイク的な感じは意識したよ。グラデイションではなく、曲ごとのコントラストをある程度出すことによって、よりそれぞれの曲を輝かせるというか。
ワルツ/まさに選曲術のマジックですね。次の曲にもつながっていくんですが、何かいいことがありそうな予感というか、日常の中にあるささやかな幸せみたいなものを感じられる素敵なヴァージョンです。

06. Circo Marimbondo / Pedro Bernardo 
ワルツ/この曲も本当に爽やかな風が吹いてくる感じですよね。都会の喧騒を抜けて、目の前に海が広がってくる、という光景が目に浮かびます。
橋本/いわゆるブリージン、てことだね。ミルトン・ナシメントの原曲のタイトルである「Catavento(かざぐるま)」が回っているような。海の日を前にして、制作スケジュールぎりぎりでこの曲のライセンスが下りたっていう連絡を受けたときは、本当に嬉しかったな。
ワルツ/このミナスを代表する名曲に関して言うと、サバービア関連のコンピには、いろいろなヴァージョンが収められていますよね。
橋本/そうだね。大学生のときに出会ったクリスチャンヌ・ルグランのヴァージョンは本当に初期サバービアを語る上では外せない特別な曲だったし、それが1990年代後半にはクレモンティーヌでカヴァーを作ったり、アライジ・コスタのヴァージョンやそれをサンプリングしたCalmの「Sitting On The Beach」にしびれたり、なんてことがあって。そして2010年には新世代のサンバ・カリオカのペドロ・ベルナルドによるこのリメイクという風に、いろいろな形でリヴァイヴァルされているよね。
ワルツ/なので、僕はこのあたりの流れを聴いて、かつてフリー・ソウルとかアプレミディを好きだった人たちが、それから10年以上経って、結婚したり子供も生まれているかもしれない中で、その人たちは今ではかつてのようには音楽を聴いていないかもしれないけれど、ふとしたきっかけで今作はそういう人に聴いてもらいたいというか、大人になってリフレッシュされたフリー・ソウルだったりアプレミディだったり、というイメージを抱いたりしました。

07. La Vie An Rose / Earl Brooks 
橋本/スティール・パンの音色ってのは、夏に海辺で聴きたい音の代名詞なんだよね。単にカリプソが好きとか、そういうことを超えて。波のきらめく感じとか、涼やかな心地よさの象徴というか。
ワルツ/これは『Free Soul Universe』に入っていた、グレイス・ジョーンズのヴァージョンを踏襲したエディット・ピアフの名曲の好カヴァーですね。
橋本/単なるイージー・リスニングなアレンジのインスト・カヴァーではなくて、ちゃんとグルーヴィーで聴けるものになっているっていうのも大きいかな。
ワルツ/たとえば南佳孝の『South Of The Border』の1曲目、「夏の女優」のイントロで細野晴臣が叩くパンの音色一発で部屋が東南アジアの亜熱帯の空気に変わる、みたいな感じがあるんですけど、それを思い出したりしました。
橋本/空気を変えるというか、その世界に引き込む吸引力を持った音色だよね。
ワルツ/そうですね。エッソ・トリニダード・スティール・バンドとか、ヤン富田なんかから、自分たちの世代はスティール・パンに入っていった気がします。前者だと、『Free Soul River』に入っていたジャクソン・ファイヴ「I Want You Back」のカヴァーは衝撃的でしたね。それまではスティール・パンって、どちらかというと穏やかな音色の楽器という印象があったんですが、すごくグルーヴィーになっていて。ところで、橋本さんにとって他に夏を感じる音色とかってありますか?
橋本/やっぱり風鈴の音色かな。今年の誕生日にはウィンド・チャイムもプレゼントされたんで。特にシュガー・ベイブの「蜃気楼の街」のイントロの風鈴の音なんかは、夏の空気を感じてたまらなく好きだよ。

08. Love So Fine / Bobbi Boyle & The Trio 
ワルツ/ロジャー・ニコルス&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズによる名曲のカヴァーですが、ソフト・ロックとジャズの中間くらいのアレンジで。フランク・カニモンド・トリオやピート・ジョリー、カーニヴァルなど、橋本さんがこれまでコンピレイションに入れてきた名カヴァーも多いですよね。
橋本/「Love So Fine」は、自分にとってはみんな好きでしょ?って感じがあるんだよね。(5)の「It’s Not Unusual」やフィフス・ディメンションの「ビートでジャンプ」もそうだけど。
ワルツ/若い頃に聴いた音楽って、やっぱりどこか音楽を聴く上で自分にとってのスタンダードになるというか、すごく大きな影響力を持っていますよね。
橋本/大学時代の音楽仲間はこの曲みんな好きでね。筒美京平×橋本淳ワークスなら「いつか何処かで」や「真夏の出来事」と同じで、聴くと確実にピチカート・ファイヴの『カップルズ』が出てA&Mサウンドに夢中だった1987年に戻れるんだよね。
ワルツ/ああ、それは僕ら世代にとっての「Haven’t We Met?」みたいな感じかもしれません(笑)。

09. Don't You Know / Butterscotch 
ワルツ/このタイミングでこの曲は盛り上がりますね(笑)。
橋本/でしょう? ラジオ・ミュージック的な有無を言わせず胸をつかまれる感じの高揚感が欲しかったんだよね。
ワルツ/邦題は「そよ風の二人」「恋のそよ風」(笑)。1970年に本国のイギリスだけでなく、日本でもヒットした曲ですね。
橋本/今は完全に忘れ去られてしまっている感じがするけれど、実は曲単位でいい曲ってのが60年代〜70年代初頭のポップスにはたくさんあって。バカラックとかは今ではコンピや再発でまとめて聴けるけど、もうちょっとB級だったりビート寄りだったり、あるいはイギリスのそれこそトニー・マコウレイや、この名曲を書いたアーノルド=マーティン=モロウのペンによる曲なんかは胸を焦がされることが多くてね。
ワルツ/(8)の「Love So Fine」もそうですけど、すごく眩しい感じとか、胸をかきむしられるような感覚がありますね。青春メロディーというか(笑)。あとは、ラジオ・ミュージックが持っている魔法みたいなものも感じます。今だとみんなiPodとか携帯音楽プレイヤーでひとり音楽を聴いているけれど、かつてラジオから流れてきたヒット曲は、世代を問わずみんな知ってましたよね。同じ音楽を聴いて人と人の心が通い合う感じみたいなものが、この曲によく表れている気がします。

10. Hieroglyphics / Maylee Todd 
橋本/前曲からこの曲への繋ぎは発明だと思ってるんだ、40年の時を越えて(笑)。2012年の「そよ風の二人」、なんて思ったりね。
ワルツ/世界初CD化というのも強調しておきたいところです。
橋本/そうそう、もともとは7インチが限定500枚で出たんだよね。いわゆる東京の小箱クラブ・シーンというのがあるとしたら、DJでかけてみて、間違いないキラー・チューンなんだなと感じたよ。イントロから震えがくるような、その疾走感とか、思わず手が挙がっちゃう感じとかね。
ワルツ/ただ、正直に言わせてもらうと、最初に7インチで聴いたときから、けっこうギリギリな曲だとは思いました(笑)。アナログ・シンセの音色とか、ギター・ソロのセンスとかも含めて。この80年代感ってのが、逆に今の流行なんだと思いますけど。一十三十一の最新作『CITY DIVE』のドリアンやカシーフといった人たちの音作りにも通じる感じというか。
橋本/全く同感だね。だからこそ、この曲を入れられたっていうのが、今回は大きいと思うんだよね。過去の僕の選曲コンピだったらここまで入れなかったと思うし、それが「シーサイド・ドライヴ」というテーマによって見事にハマって。まあ、嬉し恥ずかしという感じなんだけど。実は許諾待ちでリリースが延びている『Haven’t We Met?〜Sparkment Edition』に収録する予定だったところを、こっちの方がよりフィットするんじゃないかと思ってさしかえたんだよね。
ワルツ/それもある意味では、「偶然性のある必然」ですよね。あと、この曲にはさっきの疾走感ともつながるんですが、一種の刹那的な感じも強くありますね。
橋本/そうそう、刹那的。それが逆にこの曲の魅力にもなっているんだと思うし、ヒット曲って多分にそういう力を持っているよね。青春とか、恋に落ちるって、刹那的なもんだから(笑)。

11. Menina Das Candeia / Tibless 
ワルツ/で、チブレスです。
橋本/首都高を走ってる感じがあるよね。夕暮れから夜にかけての。でも、リズムを聴くとアフロ・ビートが香ってて。この曲は今年のブラジルものの中でも一、二を争う名盤だと思うので、アルバムもぜひ手に取ってもらいたいな。
ワルツ/ビートやヴォーカルのせいもあって、「未来世紀ブラジル」感みたいなものがありますよね。
橋本/まさに。あとエレピの音色がミラクルだね。『Seaside FM 80.4』を「エレピのコンピレイション」として捉えたときに、間違いなくこの曲はポイントになるはずだから。
ワルツ/確かに。僕がこのコンピについて感じたこととして挙げておきたいんですが、いわゆる「シーサイド・ドライヴ」的なサウンドなりコンピレイションってのを考えたときに、イメージとして出てくるのはやはり、70年代〜80年代前半のAOR的なそれだと思うんですよ。『なんとなく、クリスタル』みたいな(笑)。ただ、『Seaside FM 80.4』は、そういったかつてのイメージを引用しつつも、ちゃんとそれをアップデート、拡大していると思うんですね。
橋本/要するに僕のアーバン・ブルーズへの貢献ってことかな(笑)。
ワルツ/その通りです(笑)。だから、フリー・ソウルとかメロウ・ビーツというのは、90年代や00年代におけるアーバン・ミュージックの一つの形だったと僕は思うんですが、それの2012年版ってのがこのコンピレイションなんじゃないかな、と。
橋本/ナイスな観点(笑)。それとこの曲は、僕の今までのどのコンピ・シリーズにも収まらない感じだったんだよね。それが「シーサイド・ドライヴ」というコンセプトを得て、収まるべき場所ができた。そんなことも含めて、コンピ作りというのは見えない力に動かされてるんだなぁと思うよ。
ワルツ/曲にとっても選曲している橋本さんにとっても、幸せなことですね。

12. You're Free / Patricia Marx & Bruno E. 
ワルツ/この曲もまた、一つのハイライトですよね。
橋本/そう、メロウ・サイドのね。この曲は、僕の日常のテンションにすごく近いというか、いつ聴いても気持ちを落ち着かせてくれるんだよね。
ワルツ/「心の調律師のような音楽」ですか。
橋本/その通り。この曲については、ちょっと話しておきたいエピソードがあって。サラヴァ東京で去年の末にDJをしたときに、北海道からライヴをしに来てくれた和知里ちゃんとDJの珠梨ちゃんが、「この曲なんですか?」って反応してくれたんだよね。それまでももちろん大切な曲だったけど、この二人がすぐに耳を惹かれたことで、そのときにこの曲の持つ力みたいなものに対して確信を深めたね。
ワルツ/うんうん、わかります。特に耳がいい人のリアクションだから、さらに。
橋本/それとブルーノ・Eは昔、同じ雑誌にインタヴューが載ったことがあって、僕と趣味や言っていることがとても近くて、共感したことがあるんだよね。パトリシア・マルクスの4ヒーロー的なサウンドも好きだったんだけど、この夫婦名義のアコースティックなデュエットというのは、エヴリシング・バット・ザ・ガール的なものも感じて、僕には特別だな。穏やかでピースフル。
ワルツ/僕はヴォーカルのせいもあるのかもしれませんが、スピリチュアルな感じも受けました。心を優しく慰撫してくれるような。
橋本/優しいスピリチュアルだね。
ワルツ/橋本さんがHMVウェブサイトの全曲解説で『Free Soul Lovers』のデニース・ウィリアムスの「Free」のような役割を持たせた曲、という話を書かれてましたけど、どちらも浜辺で夕陽が落ちるのを眺めながら聴きたい曲ですね。
橋本/そしてどちらも、ゆりかごに揺られる、包まれるという、たおやかな感じがいいんだよね。

13. Words To A Song / Billy Kaui 
ワルツ/ビリー・カウイはカントリー・コンフォートのメンバーですが、前曲〜この曲あたりから、海から帰っていく感じになりますね。ハワイアンAORが持っている特有の感じとすごくマッチします。
橋本/甘やかな潮風を感じるようなメロウなフィーリングだね。イントロからフリー・ソウル・ファンなら間違いなし、というぐらい、ギター・カッティングもベース・ラインもグルーヴィーだけど。
ワルツ/そうですね、メインランドのAORに比べてココナッツのサンオイル感もほのかに漂うというか(笑)。あと、ハンドメイドなニュアンスもありますね。イメージとしてはやはりレムリアのあのジャケットですよね。ババドゥのアルバムの裏ジャケにもなってますが。
橋本/この「Words To A Song」はババドゥも演ってるしね。
ワルツ/あと、レムリアの「All I’ve Got To Give」も。そのあたりはまさに夏の黄昏時に相応しいですね。『Free Soul Flight To Hawaii』的な世界観です。

14. Bish's Hideaway / Richard Natto 
橋本/続いてもハワイのSSWで、スティーヴン・ビショップのアコースティック・カヴァー。
ワルツ/僕はこの曲については邦題の「ひとりぼっちの渚」じゃないけど、パーティーから離れて一人で海を眺めている……みたいな画が浮かんだんですよね。それまでの曲がわりと恋人と二人で、あるいは友達と一緒にという雰囲気だったので、この曲がすごく生きてきます。ちょっと夏の終わり感もあって。
橋本/うん。ベン・ワットの『North Marine Drive』と通じるものがあるな、と思うよね。
ワルツ/そういう意味では、ネオアコ・ファンも必聴の曲ですね。さっきのハワイアンAORとの連関性という話で言うと、クイ・リーの「I Remember You」とかと共通する質感がありますよね。このへんの内省的な感じというのは、最後のシモン・ダルメにも通じていく雰囲気だと思います。

15. Feel Like Making Love / The Dynamics 
ワルツ/続いては、曲自体がもはやフリー・ソウル〜アプレミディ・クラシックになっていると言っても過言ではない、ロバータ・フラック〜マリーナ・ショウで知られる名曲です。ここでは絶妙のテンポのトワイライト・ロック・ステディーで。
橋本/海から帰るときの優しい気持ちとか、身体は疲れてるんだけど、気持ちは夏の一日の余韻に浸っている感じがすごくよく出ているよね。
ワルツ/火照った肌を鎮めてくれるような。
橋本/その通り。ディアンジェロの「Africa」とかと同じような感じだよね。それにしても、本当にこのヴァージョンは聴けば聴くほど沁みてくるなぁ。歌詞を「Strollin' on the beach, watchin' Summer turn to Autumn...」に変えたいくらいだよ(笑)。
ワルツ/ナイスです(笑)。レゲエやロック・ステディーって、いわゆるカヴァーものがすごく多いんですけど、そのへんの気持ちよさが出ている曲でもありますよね。ラヴァ―ズ・ロック的なスウィートネスもすごく感じます。恋人たちが黄昏の時間の中で静かに肩を寄せ合うようなイメージというか。

16. Aquelas Coidas Todas / Friends From Rio feat. Celia Vaz, Wanda Sa 
橋本/トニーニョ・オルタのこの名曲も僕の中での黄昏クラシックなんだよね。その時間帯ならではのサウダージを感じるというか。「usen for Cafe Apres-midi」でもいろんなヴァージョンを使い果たしてきて。セルジオ・メンデス、カチア、ティル・ブレナー、ジョン・ピッツァレリ……他にもたくさんあるな。今回はファー・アウトのジョー・デイヴィスが、アジムスのホセ・ロベルト・ベルトラミが亡くなって、ひどく落ち込んでいる時期に、「トオル・ハシモトによろしく」って、ライセンス業務をやってくれて、本当に感謝だな。
ワルツ/そんなエピソードがあったんですね。確かにこのヴァージョンは疾走感だったりサウダージ感だったりとか、トニーニョ・オルタの個性やミナス・ミュージックの浮遊感が、セリア・ヴァスとワンダ・サーの二人の魅力と溶け合って、とても印象的な形で出ていると思います。
橋本/僕にとってはパット・メセニーにおける「メキシコの夢」と同じ意味合いを持つ曲なんだよね。ジョー・クラウゼルで言えば「Agora E Seu Tempo」とか。セリア・ヴァスの存在によってスピリチュアリティーが伝わりやすくなったんじゃないかと思うんだ。
ワルツ/トロンボーン・ソロも良いですね。ラウル・ジ・ソーザとか、ブラジルものはトロンボーンがけっこうたくさん入っていて、そのへんの音色の活かし方が上手いなぁと思います。モアシル・サントスの「Luanne」とか。
橋本/そうだね。ブラジリアン・ミュージックにトロンボーンは外せないよね。いちばんサウダージを感じさせる管楽器かな。
ワルツ/僕は中学時代に吹奏楽部でトロンボーンをやっていたので、特にそう思うのかもしれないですけど(笑)。

17. Under African Skies / Paolo Fresu & Omar Sosa feat. Jaques Morelenbaum 
ワルツ/続いては、ポール・サイモンのカヴァーです。チェロはカエターノ・ヴェローゾとか坂本龍一との仕事でもお馴染みのジャキス・モレレンバウム。
橋本/オリジナルのポール・サイモン版が収録されている『Graceland』は、アフリカ音楽に対する音楽的搾取だって見方もあったけど、もともと彼がめざしていたのは音楽で人種とかを越えた結びつきや平和への祈りを表現することだったと思うんだよね。
ワルツ/そうですね。『Graceland』が発表された80年代半ば、ピーター・ゲイブリエルとかバンド・エイドみたいに、ワールド・ミュージック的なものに対するアプローチが注目されていた時代でしたね。
橋本/そうだね。この曲について言うと、イタリア(トランペット)〜キューバ(ピアノ)〜ブラジル(チェロ)と、それぞれのミュージシャンが音を通じて交感している感じがすごくあって。その意味でもポール・サイモンのコスモポリタンな意志を反映していると思うよ。
ワルツ/確かに、シンプルなリズムの反復の上でどんどん景色が変化していくような感じがあって、聴いていて飽きないですよね。口笛やスキャットの優しい感じなんかも印象的ですし、聴くたびに味わいの増す一曲だと思います。
橋本/ECM的な、いわゆるクワイエット・ミュージックの系譜でも、今年屈指の名作と言えるね。

18. Moving To Town / Simon Dalmais 
ワルツ/ラストは今度アプレミディ・レコーズから日本盤がリリースされるシモン・ダルメの内省的な名曲です。タイトルとも相まって、とても余韻を感じさせる曲ですね。
橋本/この曲を選ぶときに意識したのは、ビーチ・ボーイズの「Surf’s Up」だったんだ。あの曲が持っている夏の終わりや夕暮れの切なさというか、ロマンティシズムの中のひとさじの寂しさというか。
ワルツ/なるほど。この曲はジャケットのせいもあって、橋本さんの『ブルー・モノローグ』との共振性を強く感じました。
橋本/「青のアルバム」だね。渡辺亨さん言うところのジョニ・ミッチェル『Blue』〜トッド・ラングレン『Runt. The Ballad Of Todd Rundgren』〜ニック・ドレイク『Bryter Layter』〜ビーチ・ボーイズ『Surf's Up』という系譜。あとは、最近の僕にしてはカラフルな選曲のコンピだからこそ、余情漂うエンディングにしたかったんだよね。ルイ・フィリップの歌に倣うなら「From Season To Season」というニュアンス。ベン・ワットならディランのカヴァー「おれはさびしくなるよ」のあの感じかな。
ワルツ/なんか、シモンの『The Songs Remain』だったり『ブルー・モノローグ』だったり、あるいは一時期から僕らの間で話題になっているポール・ブキャナンの『Mid Air』とかを間に立てることによって、この『Seaside FM 80.4』の持っている意味合いというのが変わってきますね。楽しいだけでなく、精神性の高さというか。奇しくもここで話が出たアルバムやコンピの色合いは、青を基調にしていますし。
橋本/そうだね。一人の人間の中にも、自分と向き合いたいときもあれば海を眺めていたいときもあるし、友達や恋人とドライヴに行きたいという気持ちも内省感と共存したりすると思うんだよね。そういう意味で、この曲にこめた思いが聴いている人たちに伝わればとても嬉しいな。
ワルツ/もちろん、大丈夫だと思います。小さな音楽的発見がいくつもある、とてもいい対談になりました。今日はどうもありがとうございました。
(2012年8月)


橋本徹が選ぶ2012年上半期ベストCD20枚
Paul Buchanan『Mid Air』
Georgia Anne Muldrow『Seeds』
IG Culture『Soulful Shanghai』
Lapalux『When You're Gone』
Traxman『Da Mind Of Traxman』
Anthony Valadez『Just Visiting』
Laurel Halo『Quarantine』
Eric Chenaux『Guitar & Voice』
JBM『Stray Ashes』
Lambchop『Mr. M』
Tibless『Afro-Beat-Ado』
Qinho『O Tempo Soa』
Mario Falcao『Amador』
Tito Marcelo『Fragil Verde, Forca De Quebrar』
Pablo Juarez『Sumergido』
Paolo Fresu & Omar Sosa feat. Jaques Morelenbaum 『Alma』
Eugenia Melo E Castro『Um Gosto De Sol』
Hannah Cohen『Child Bride』
Robert Glasper Experiment『Black Radio』
Frank Ocean『Channel Orange』

よく聴いたCDを思いつくままにリストアップしました。コンピでは『Personal Space: Electronic Soul 1974-1984』や『WTNG 89.9fm』、リイシューではグユン・イ・ス・グルーポやホセー・アントニオ・メンデスのようなフィーリンが印象に残っています。言うまでもなくカルロス・ニーニョ&フレンズやサン・キル・ムーン、カルロス・アギーレと彼のシャグラダ・メドラからのプラナは、ここに挙げた20枚と遜色ありません。ジョー・バルビエリ/メロディー・ガルドー/ゴンザレスなども「Toru II Toru」では話題を集めました。出たばかりのスクール・オブ・アーキテクチャーも期待以上に気に入っています。ボビー・ウーマックやドクター・ジョンといったヴェテラン、そしてR.ケリーもフレッシュな力作でした。新世代R&Bではソニームーンとインターネット、ヒップホップではやはりスペースゴーストパープ、ということになるでしょうね。こうした面々と同時代のアンビエントとして、アクトレスやミラーリング〜グルーパーもよく聴きました。


シモン・ダルメ『The Songs Remain』ライナー(渡辺亨)

ジョニ・ミッチェルの『Blue』、エルトン・ジョンの『Madman Across The Water』『Blue Moves』、トッド・ラングレンの『Runt. The Ballad Of Todd Rundgren』、ニック・ドレイクの『Bryter Layter』、ジェイムス・テイラーの『Sweet Baby James』、デヴィッド・ブルーの『Stories』、クリス・レインボウの『White Trails』……このリストにビーチ・ボーイズの『Surf's Up』を加えてもいいだろう。
上記のリストは、ブルーを基調としたジャケットに包まれた70年代のシンガー・ソングライターのアルバム。言うまでもなく、ビーチ・ボーイズはバンドである。しかし、『Surf's Up』に収められているブライアン・ウィルソン作の「'Til I Die」やブルース・ジョンストン作の「Disney Girls」の静謐なたたずまいは、冒頭に挙げたシンガー・ソングライターたちの音楽に限りなく近い。僕は『The Songs Remain』を、こうした「青」のジャケットの、70年代シンガー・ソングライターのアルバムの系譜を汲む作品として捉えている。現に、本作は、ジョニ・ミッチェルの『Blue』からビーチ・ボーイズの『Surf's Up』までに通底するもの淋しさや切なさ、懐かしさをたたえたアルバム。そしてそれらが余韻となって、いつまでも心に静かに響くアルバムだ。

シモン・ダルメは、1981年生まれのフランス人ピアニスト兼シンガー・ソングライター。フランスのインディー・レーベル、BeeJazzが2011年に傘下に設立したBee Pop Recordsの第1弾アーティストであり、このデビュー・アルバム『The Songs Remain』は2011年3月にフランスでリリースされた。これまでにシモンは、キーボード奏者としてセバスチャン・テリエの『Sessions』(06年)への参加をはじめ、ドミニク・ダルカンやソウル・ウィリアムズなどの活動に貢献。また、姉のカミーユ(1978年生まれ)とコラボレイションを重ねてきた。カミーユは、ビョークとよく比較されるほどの先鋭的な女性アーティスト。『Le Sac Des Filles(パリジェンヌと猫とハンドバッグ)』(02年)や『Music Hole』(08年)は日本でも発売されているし、2008年には来日公演を行った。
この『The Songs Remain』に参加しているミュージシャンの中でもっとも注目すべき存在は、オリヴィエ・マンション。この才人は、計5曲のアレンジを手掛け、単身あるいはオリヴィエ・マンションズ・オーケストラを率いて計7曲で演奏している。オリヴィエ・マンションは、妻でもある歌手のクレア・マンション(クレア・マルダー)と一緒にクレア&ザ・リーズンズとして活動しているブルックリン在住のマルチ器楽奏者。クレア&ザ・リーズンズとしては、これまでに『The Movie』(07年)、『Arrow』(09年)、『KR-51』(12年)と3枚のアルバムを発表。また、『En Route...』(03年)、『Orchestre De Chambre Miniature, Vol. 1』(10年)といったソロ・アルバムもリリースしている。後者は、エクスペリメンタルな室内音楽集といった趣のインスト・アルバムだ。オリヴィエはパリ生まれ。パリのコンセルヴァトワールで本格的にクラシックのヴァイオリンを学び、なおかつパリのアメリカン・スクール・オブ・モダン・ミュージックでジャズを専攻。卒業後の1999年に奨学生としてボストンのバークリー音楽大学に留学し、そこでクレアと知り合った。前述したように、オリヴィエはパリに生まれ育ったので、もしかするとかなり前からシモンと知り合いだったのかもしれない。なお、オリヴィエ・マンションズ・オーケストラの構成員のうち、ボブ・ハート(ダブル・ベース)は、最新作『KR-51』ではクレア&ザ・リーズンズのメンバーとしてクレジットされている。

シモン・ダルメの音楽は、歌詞が英語という点も含めて、ビートルズやビーチ・ボーイズの影響下にある。ただし、シモンは、どちらかと言うと、ジョン・レノンよりポール・マッカートニー、ブライアン・ウィルソンよりデニス・ウィルソンの方が好きだという。ブライアン・ウィルソンを敬愛しているアーティストは、世界中に山ほどいる。一方、ブライアンよりデニス・ウィルソンの方が好きと公言しているアーティストは稀だ。もっとも、デニス・ウィルソン(1944-1983)が遺した唯一のソロ・アルバム『Pacific Ocean Blue』(77年)、あるいはビーチ・ボーイズの『Friends』(68年)や『20/20』(69年)、『Sunflower』(70年)などを聴けば分かるように、60年代後半以降のデニスはソングライターとしても刮目に値する存在だった。ビーチ・ボーイズの曲だと、とりわけ『Sunflower』に収録されている「Forever」は、まさしく永遠の名曲。きっとシモンも、同意してくれるだろう。そんなデニス・ウィルソンと同じように、シモン・ダルメも、才能あふれるソングライターである。『The Songs Remain』というのは、一見さりげないアルバム・タイトルだが、ソングライターとしての自負の表明と受け取っていいだろう。いつまでも残る曲、つまりポップ・スタンダードになりうる普遍性を備えた曲を作る。このことを標榜している一人の傑出したシンガー・ソングライターが、ここにいる。 
シモン・ダルメは、ニック・ドレイクにも影響を受けているという。したがってニック・ドレイクの『Five Leaves Left』や『Bryter Layter』におけるロバート・カービーの役割を期待して、オリヴィエ・マンションを起用したと推測することができるが、ともあれ、オリヴィエがアレンジした「Relaxandrea」を聴いていると、インストであるにもかかわらず、ニック・ドレイクを連想する。

「青」は空や海の色だけに、どんな人にとっても親しみのある色だ。とりわけフランスは三色旗が象徴しているように、「青」の国である。ゴッホやモネ、ピカソ、マティスなどの絵画、シャルトル大聖堂のステンドグラス、ゴロワーズとジタンのパッケージ、レイモン・サヴィニャックのポスター、レーシングカー(フランスは青が多い)、そして画家のイヴ・クラインが宇宙の神秘的エネルギーに通じるもっとも抽象的な色として自ら開発した黄金より高貴な青色、「インターナショナル・クライン・ブルー」。フランスには、さまざまな濃淡の「青」があふれている。また、「青」は、「Twilight Blue」や「Midnight Blue」といった英語の表現があるように、夕暮れ〜真夜中〜夜明けの色。そして内省の色であり、沈静の色である。この『The Songs Remain』に耳を傾けていると、前述したフランスの「青」が目に浮かび、なおかつ心が徐々に落ち着いてくる。その意味でも、やはりこれは、「青」のアルバム。聴き手を薄明に包まれているような気分にさせつつ、心を「群青色」や「藍色」、すなわち深みのある「青」で染めてくれる。


『Seaside FM 80.4』ライナー(草野圓)

毎年夏が近づくと、お気に入りのサマー・ミュージックを集めたコンピレイションやプレイリストが作りたくなる。その年の夏を彩り、思い出として刻んでくれる曲たち。頭の中にさっそく何曲かの候補が浮かぶと、気分は一気にひとときの時間旅行へ。実際にその曲が流れている場面を想像して、一人で勝手に盛り上がってしまう。そしてそんなとき、僕が真っ先に思い浮かべるのは、週末のシーサイド・ドライヴというシチュエイションなのだ――。

埠頭を渡る風。ドライヴ・コースはもちろん、渋谷、あるいは代官山や自由が丘で軽くランチを済ませて、湾岸線で横浜、湘南へというイメージ。「大黒埠頭を過ぎ、ベイブリッジを通過するあたりで、ギターのカッティングと心地よいビート、そしてサウダージ・フィーリング溢れるヴォーカルの爽やかなブラジリアンAORがスピーカーから流れ出した。チャンネルは80.4。いつもの彼女のご指名だ。僕は自然にアクセルを踏み込む。隣に座る彼女は、嬉しそうな表情を浮かべながら、指で軽くリズムを取っている。海からの風が、彼女の少し短くなった髪の先を揺らせている」……思わず浮かぶのは、そんなどこかで読んだことのあるようなストーリー。

FMに恋をして。ビーチ・ボーイズも最新作のタイトル曲「That’s Why God Made The Radio」で歌っていたが、ラジオ・ミュージックにはどこか特別なマジックがあるように思う。自分のフェイヴァリット・ソングやそのときのシチュエイションにジャスト・フィットする曲が流れてきたときの、景色の見え方がちょっと変わるような、あるいは心がふわっと浮き立つようなあの感じ。ちょっぴりセンチメンタルな気分のときに昔好きだった歌をふと耳にした瞬間の、心がぎゅっと締めつけられるような感触。僕たちはそんなあまく切ない想いをラジオという遠くて近い隣人に託す。今までも、そしてきっとこれからも。

あこがれのサンダウン。昼の眩しかった光も今は落ちようとしている。辺りは神々しいまでのマジック・アワー。潮風と波の音がビーチに佇む二人を優しく包み込んでいる。金色に輝くコマ落としのような時間を染めていくのは、ゆったりとしたピアノのイントロに続いて紡がれる、アコースティックかつスピリチュアルなワルツ・ナンバー。二人の間も、この曲を歌う男女のようにより親密で、そしてより慈しみに満ちたものになっていくのだろうか……。こんな忘れられない時間を演出してくれるのもまた、音楽の力なのだと思う。僕たちの人生のさまざまな瞬間に、忘れがたい音楽が存在している。それが増えていくことは、「小さいけれども確かな幸せ」(村上春樹)を超えて、人生の大切な意味なのかもしれないとさえ、最近の僕は思う。

このコンピレイションに収められている曲たちは、そんなふうにドライヴ・ミュージックについて考えている僕の気分にまさにぴったり。これを聴いていると、今年もスペシャルなサマー・メモリーズが作れそうな気分になります。海からの帰り道、星の瞬く夜空の下で流れる「Mangoes And Pears」。夏の夕闇の中、スウィートネスをいっぱいにまとったストリングス、そして肌ざわりのいいコットン・ドレスのように心地よいギャビー・ヘルナンデスの歌声。ふと横を見ると、助手席の彼女は疲れて眠ってしまっている。そんな彼女の寝顔を愛しく思いながら、僕はついつい「Thank you, thank you for your love...」なんて口ずさんじゃったり……。そんな甘酸っぱい妄想がまたまた生まれたところで、このライナーもお開きということで。何よりもこのCDが、このライナーを読んでいるあなたの素敵な夏のサウンドトラックになることを祈って。それでは、Have a nice long & hot summer!
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