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6月15日&17日──橋本徹の「Toru II Toru」通信
 “ブルーな女たち”をめぐる「Toru II Toru」的推薦盤20枚
Selection & Text by Toru Hashimoto (SUBURBIA)

(1)Joni Mitchell『Blue』
(2)Ann Burton『Blue Burton』
(3)Abbey Lincoln『Abbey Is Blue』
(4)Dee Dee Bridgewater『Afro Blue』
(5)Sathima Bea Benjamin『Dedications』
(6)Nina Simone『And Piano!』
(7)Helen Merrill『Parole e Musica』
(8)Laura Nyro『Spread Your Wings And Fly: Live At The Fillmore East』
(9)Judee Sill『Live In London』
(10)Minnie Riperton『Come To My Garden』
(11)Cassandra Wilson『New Moon Daughter』
(12)Sade『Bring Me Home Live 2011』
(13)Tracey Thorn『Love And Its Opposite』
(14)Cat Power『Moon Pix』
(15)Erykah Badu『Baduizm』
(16)Meshell Ndegeocello『Weather』
(17)Gretchen Parlato『The Lost And Found』
(18)Eisa Davis『Something Else』
(19)Hannah Cohen『Child Bride』
(20)Laurel Halo『Quarantine』

<Classics>
渡辺亨さんと先日モーズ・アリソンのライヴを観に行ったとき、次回の「Toru II Toru」はどうしようかという話になり、もうすぐシャーデーとカサンドラ・ウィルソンが出ますね、と言うと、それなら“ブルーな女たち”というテーマで特集しよう、と二人の息が合った。
僕は『ブルー・モノローグ Daylight At Midnight』というタイトルでコンピCDを作ったばかりだったが、どちらかと言えば男性アーティスト中心のセレクションで、前回「Toru II Toru」で先行特集したポール・ブキャナン『Mid Air』(やはり、まさに“ブルー・モノローグ”と言うべき静かなる名盤でした)を始め、最近は普段聴いている音楽も男性ヴォーカルが多かったから、この機会にまとめて女性ヴォーカルを聴き直すのもいいな、と20枚の推薦盤をリストアップした。
渡辺さんとの会話で当然まず名が挙がったのが(1)と(2)だった。(1)はプリンスからのラヴ・コールや、ジェイムス・ブレイクがレコーディングの頃よく聴いていたというエピソードを筆頭に、近年ますますジャンルをこえて存在感と影響力を増しているように思う。多くのカヴァーが生まれ続け、トリビュート盤にはカサンドラ・ウィルソン(アコースティック・ギターをバックにした「For The Roses」が絶品です)やブラッド・メルドーも名を連ねていた。(2)は繊細でブルーな声質が疲れた心と身体に沁みてくるオランダのジャズ・ヴォーカル。(2)と同じくルイス・ヴァン・ダイクがピアノを弾いた60年代後半の吹き込み『Ballads & Burton』も、個人的にはよりブルーを感じ、真夜中に手が伸びる。
(3)と(4)は、「Toru II Toru」ではロバート・グラスパー特集のときにも取り上げた。アフロ・アメリカンの哀しみを感情を抑えた表現で切々と綴るアビー・リンカーンの「Aflo Blue」は、マックス・ローチの妻となり、ビリー・ホリデイを敬愛した彼女の歌唱の中でも、僕には最も伝わるものがある。ジョン・コルトレーンの名演でも知られるこの曲は、息を呑むようなディー・ディー・ブリッジウォーターのスピリチュアリティーも神々しいほど。珠玉のワルツ「Little B's Poem」や静かに語りかける「People Make The World Go Round」と並ぶ、彼女の忘れえぬ名唱だ。
アビー・リンカーンのように歌う「Africa」を含む、ダラー・ブランドの妻サティマ・ビー・ベンジャミンによる(5)も、スピリチュアル・ジャズの名作、という枠をこえて心の柔らかい部分に届く一枚だ。たおやかな叙情をたたえた「Music」、ビタースウィートなボサ・ジャズ「My Melancholy Baby」「Say It Isn't So」も素晴らしい。
アフロ・アメリカンの悲哀、ジャズとブルースという流れでは、ニーナ・シモンも挙げないわけにはいかない。一枚と言うなら(6)、『ニーナとピアノ』かな。まさに歌とピアノで語る人生のドラマ、彼女の魅力については、聴いていると何だか胸がいっぱいになる「みんな月へ行ってしまった」を収めた『Free Soul. the classic of Nina Simone』のライナーに詳しく書いたが、ここでは彼女へ讃辞を贈った女性アーティストの名を列挙しよう──シャーデー/エリカ・バドゥ/ローリン・ヒル/カサンドラ・ウィルソン/ミシェル・ンデゲオチェロ/ジル・スコット/アリシア・キーズ/インディア・アリー……。ニーナ・シモンに触れたら、ロレツ・アレキサンドリアにも行きたくなるのが必然だが、厳かな教会音楽をも思わせるピアニストながら、同質のジャズとブルースを感じさせるメアリー・ルー・ウィリアムスも紹介しておきたい。深海でおぼろげに鳴るような神秘的な6/8拍子のワルツ・ジャズ「It Ain't Necessarily So」をぜひ耳にしてほしい。
白人のジャズ歌手ではヘレン・メリルの(7)、『ローマのナイト・クラブで』。“ニューヨークの溜め息”と言われた彼女のイタリア録音。ピエロ・ウミリアーニによる洒落た歌伴で「Night And Day」などをしっとり奏でるハスキー・ヴォイス、曲間にはイタリア語の詩の朗読が挿入され、まさしくブルーな雰囲気。プリシラ・パリスがコケティッシュな歌声でビリー・ホリデイのレパートリーを歌った『Priscilla Loves Billie』にも通じる親密な真夜中のムードが漂う。
ジョニ・ミッチェルと同時代を歩んだ白人SSWでは、やはりローラ・ニーロのブルージーなソプラノにブルーの輝きを見る。彼女への熱い思いがこめられた渡辺さんの文章は必読だが、名だたる名盤群もさることながら、ここで推すのは、2004年に陽の目を見た、1971年のNYフィルモア・イーストでの実況録音(8)。ハイスクール時代はニーナ・シモンに心酔していたという彼女のグランド・ピアノ弾き語り。ソウルフルで、情感豊かで、少しずつ胸が熱くなる、心の奥にろうそくの炎が灯るような音楽。それは静寂と魂の息吹、都市の詩情があふれる純度の高い霊歌でもある。
そしてジュディー・シル、彼女も最初に聴くならファーストとセカンドにデモ曲などを加えた『The Asylum Years』がベストだろうが、敢えてピアノ&ギター弾き語りの(9)を。時を止める名曲「The Kiss」を始め、ありのままのブルーな彼女を感じることができる。その音楽から零れ落ちる祈りと赦しの情に敬虔な思いに駆られ、まるでバッハを聴いているような気持ちになる。
他にも、ジョニ・ミッチェル/ローラ・ニーロ/ジュディー・シルを愛する方には比較的よく知られているだろうエスラ・モホークの『Primordial Lovers』、ヴィム・ヴェンダースの「都会のアリス」にも出演したドイツのSSWシビル・ベイヤーが自宅のオープン・リールで録音したというジョニ・ミッチェル『Blue』好きに聴かせたい『Colour Green』、もしくはノルウェイのラドカ・トネフがピアニストのスティーヴ・ドブロゴスと吹き込んだ『Fairytales』や、フランスのブリジット・フォンテーヌによるアレスキーやアート・アンサンブル・オブ・シカゴとのサラヴァでの諸作にも、白人ならではのブルーな感覚、静寂と隣り合わせのブルーな音を僕は見出すが、黒人のソウル・ミュージックを代表して何か一枚と考え、ピックアップしたのが(10)。スティーヴィー・ワンダーと幸福を手にする前のミニー・リパートン、深く心に響く彼女の歌声には、ひとしずくの涙が滲んでいる。同じくチャールズ・ステップニーのプロデュース・ワークに強く惹かれるテリー・キャリアー『What Color Is Love』の女性版、と言えるだろう。シカゴのソウルはどこか哀しみを帯びているのだ。ブルーな70年代ソウル・ミュージックの歌姫としては、ケリー・パターソンがブラック・ジャズに残した『Maiden Voyage』も併せて推薦しておく。

<New Classics>
ここまでは“ブルーな女たち”の言わばクラシックを紹介してきたが、ここからは90年代以降のニュー・クラシックを。まずは本来なら単独で特集したいカサンドラ・ウィルソン(彼女はインタヴューでジョニ・ミッチェルの影響を語っていたし、スティーヴ・コールマンを通じてアビー・リンカーンともつながる)、一枚と言えばやはりジャケットもブルーな(11)か。クレイグ・ストリート・プロデュースの1996年のブルー・ノート2作目、これもジャズとブルースを結ぶ(ビリー・ホリデイからサン・ハウスまでカヴァー)名作だが、「usen for Cafe Apres-midi」でよく選曲している「A Little Warm Death」を聴いていると、ふっと気持ちが穏やかになっていく。そして『Jet Stream〜Summer Flight』に収めたニール・ヤング「Harvest Moon」のカヴァーが、心のひだまで沁みわたっていく逸品。ただでさえカヴァーされていれば必ず聴く大好きな曲だが、この感動の深さは筆舌に尽くしがたい。日本盤CDには続けてボーナス・トラックとして、ヘンリー・マンシーニ「Moon River」のカヴァーが入っているから、月の美しい夜につい聴いてしまう。マイルス・デイヴィスのレパートリーを取り上げた『Traveling Miles』収録のシンディ・ローパー「Time After Time」カヴァーと共に、彼女のリリカル・サイドの極めつけだ。
シャーデーの素晴らしさは、改めて語るまでもないだろうが(僕もこれまでに何度も書いてきたし、『Lovers Rock』のときは日本でのパブリシストも務めた)、今ならDVD付きのライヴ盤にしてベスト・セレクションとしても楽しめる(12)がお薦め。名曲揃いとはこのこと、予備知識などなくても、シャーデー・アデュのディープでメロウな真髄、そのブルーな女ぶりが掛け値なしに伝わるだろう。80年代前半、僕が高校生のとき、シャーデーと前後するように好きになったトレイシー・ソーンも“ブルーな女たち”の系譜に加えたい。エヴリシング・バット・ザ・ガールもシャーデーも、あの頃はロビン・ミラーのジャジーなプロデュースが光っていた(やはり彼が手がけていた初期のワーキング・ウィークもブルーでした)。彼女のソロ・ファースト『遠い渚』も、素朴なモノクロのブルーという佇まいの青春名盤だが、アコースティックに回帰した2010年作(13)の感激もひとしおだった。アルバムに先駆けて聴いたピアノ・ワルツ「Oh, The Divorces!」の哀切が滲む歌に胸を打たれ、いち早く『素晴らしきメランコリーの世界〜ピアノ&クラシカル・アンビエンス』に収録したいと申請して、その許諾が下りたときの感謝の気持ちは、今も忘れていない。
90年代に登場した女性シンガーでは、個人的な思い出もあって、キャット・パワーを特筆したい。彼女がすすり泣くように歌う(追想に感極まってしまったのだろうか)ボブ・ディランの「He's A Friend Of Mine」を聴いたときの生々しい衝撃は、今も昨夜のことのようだ。音楽が琴線に触れてこれほど胸を震わされたことはなかった。レクイエム、そうとしか言いようがない。何かアルバムを一枚選ぶなら(14)だろうか。
そして、ポーティスヘッドのベス・ギボンズ、ニコレットやジェリーサ、テリー・キャリアーとも共演したベス・オートン、「Afro Blue」をカヴァーしてクープにも客演しているセシリア・スターリンあたりに触れてもいいのだが、「Toru II Toru」フリーペーパーではレギュラーとなっている(15)(16)(17)を。ロバート・グラスパー・エクスペリメント「Afro Blue」にフィーチャーされたエリカ・バドゥは、(15)のデビュー時にはビリー・ホリデイやニーナ・シモンの名も引き合いに出されていた。マイノリティーの哀しみを真摯な音楽表現に昇華してきたミシェル・ンデゲオチェロは、レナード・コーエンとソウル・チルドレンのカヴァーも含む最新作(16)で、より内省の影を深め、僕は「Oysters」を『ブルー・モノローグ Daylight At Midnight』にエントリーした。マイルス・デイヴィス『Kind Of Blue』からの「Blue In Green」のカヴァーも象徴的なグレッチェン・パーラトの(17)は、昨年のベスト5に入るほど愛聴したアルバムだったが、今春テイラー・アイグスティらとのライヴを観て、まず印象深く感じたのも、そのほの暗いブルーの瞬きだった。
ジョニ・ミッチェル『Blue』チルドレンと言っていいだろうイーサ・デイヴィスの(18)も、『ブルー・モノローグ Daylight At Midnight』に、ほろ苦く青い光を放つラヴ・ソング「Perfect」をセレクトした。他の曲も粒揃いで、知る人ぞ知る隠れた名盤という感じだったが、最近人気を高めてきているようなのが嬉しい。『ブルー・モノローグ Daylight At Midnight』をコンパイルした後にリリースされた作品では、元モデルのハンナ・コーエンのウィスパー・ヴォイスが胸に迫る(19)。ダヴマンのプロデュース、サム・アミドンが参加と、“ブルー・モノローグ”のキー・パーソン二人が名を連ねたビューティフル・フォーキー盤。2011年初頭にジェイムス・ブレイクとのシンクロニシティーぶりに驚かされた、やはりジョニ・ミッチェルをも連想させるブルックリンの女性SSW、リア・アイシスの『Grown Unknown』を思い出したりする。
最後は、そのブルックリンの女性プロデューサー、ローレル・ヘイローの今春ハイパーダブからリリースされた(20)。儚い酩酊感に揺れる、ドリーミーなオーロラに彩られたベッドルーム・サイケデリアという趣きのドローン・チルアウト〜スクリュード・アンビエンス。ポスト・ダブステップ/チルウェイヴ的な意味をこえて、今の時代のジョニ・ミッチェル『Blue』と言いたくなる何かがある。ジャケットは会田誠の「切腹女子高生」、ここに挙げた20枚の中では最もレフトフィールドに位置するが、決して無視できない。それは僕が、例えばブリアル『Untrue』のヴォーカル・サンプルや、ジェイムス・ブレイク/ボン・イヴェールなどのヴォコーダー・ヴォイスに潜むブルーな色合いに決定的に惹かれているからだ。僕らは今後、より物憂げで気怠いメランコリーにブルー(メロウネスと言い換えてもいいかもしれない)を感じるようになっていくのだと思う。

6/17追記:一昨夜の「Toru II Toru」選曲会を終えて、どうしても“ブルーな女たち”に付け加えたい一枚が生まれた。その夜、最もブルーに響いた「Don't Leave Me This Way」に始まるサラ・ジェーン・モリスの『August』。ご存じハロルド・メルヴィン&ザ・ブルー・ノーツとコミュナーズ(彼女はそのヴァージョンでもジミー・ソマーヴィルとの掛け合いコーラスが印象的でした)のヒットで名高いギャンブル&ハフ曲だが、このマーク・リボーのアコースティック・ギターと歌われるブルージー・フォーク・カヴァーが深く沁みた。まさに、限りなく暗闇に近いブルー。『August』ではアン・ピープルズ「I Can't Stand The Rain」/レナード・コーエン「Chelsea Hotel」/ビリー・ホリデイ「Don't Explain」もカヴァーされていて、その意味で彼女はレパートリーを通してカサンドラ・ウィルソン/ミシェル・ンデゲオチェロ/アビー・リンカーン〜コートニー・パインにフィーチャーされたカサンドラ・ウィルソンと姉妹関係にあるし、「usen for Cafe Apres-midi」でたびたびセレクトしてきたカーティス・メイフィールド「Move On Up」はもちろん素晴らしい。イタリア盤は、ジャケットもまるでローラ・ニーロのようではないか。
「usen for Cafe Apres-midi」では、春先からリリースに先駆けてホーザ・パッソスのようなコケットリーに惹かれるボサノヴァ調の「Mira」をヘヴィー・プレイしているメロディー・ガルドーの新作『The Absence』から、ヘイター・ペレイラとのしっとりと気怠いロマンティシズムを感じさせるデュエット「So Voce Me Ama」が、「ガル&カエターノの『Domingo』のよう」という感想を呼んだことも記しておきたい。渡辺亨さんのかけた曲では、ECMとの近似性を示唆する流れだった、静謐なウィスパー・ヴォイスのノルウェイのジャズ・カルテット、アイウォーターリリーズの「The Sun Just Touched The Morning」が、僕の心を最もとらえた。こういう曲を聴けるから、「Toru II Toru」は貴重な酒場だと思う。エミリー・ディキンソンの詩にメロディーをつけたアルバム『Slant Of Light』を昨日さっそく手に入れ、僕は「Going To Heaven!」もとても気に入った。

6/17追記2:「Toru II Toru」でDJを始めるまでの時間に流していたのは、ゴンザレスの『Solo Piano II』でした。多才な彼のプロジェクトの中でも、これを待っていました、という方はきっと多いはず。かくいう僕もその一人ですが、本当に期待に違わぬメランコリックな美しさ、と約束いたします。リリースは日本先行で8/22の予定です。
そして僕のDJの1曲目でかけたのは、注目のイギリスのビート・クリエイター、ラパラックスの「102 Hours Of Introduction」。フライング・ロータス率いるブレインフィーダーからのデビューEP『When You're Gone』のオープニング・トラックで、日本で来月CD化されます。ベース・ミュージック(あるいはジェイムス・ブレイク)以降のメロウ・マッドネスなフューチャーR&Bという感じのこのEPは、最近いちばん気に入っていると言っても過言ではありません。ブレインフィーダーからは、リード・トラックの「Seasons」「Money」がかなり僕好みだった、ポスト・J・ディラ〜マッドリブ〜MF・ドゥームという呼び声も高いジェレマイア・ジェイの『Raw Money Raps』も来月到着しますから、目が離せませんね。
「Toru II Toru」ではDJを終えた後もしばらく、いらしてくださった皆さんと密度の濃い音楽談義を楽しみました。そのバックに流れていたのは、ポール・ブキャナン『Mid Air』の限定スペシャル・エディションにのみ収められたボーナス・ディスクの楽曲たち。居合わせたお客様の誰もがブルー・ナイル〜ポール・ブキャナンのファンであることを、とても嬉しく、頼もしく思いました。
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