9月12日(月)記
中村とうよう氏の死を知って以来、様々な思いが心の中に湧き上がって絶えないのだが、どうにもうまく言葉にすることができないまま、ひと夏がすぎた。決して忙しい日々を送っているわけではないが、そんな理由から、この[staff blog]のページも更新せぬまま、時間だけがすぎてゆく。彼の生き方に感銘を受ける者として、何か言葉を残したい、僕の文章を読んでくださる方に伝わる言葉で僕なりの讃辞を捧げたい、と思うのだが、言葉にしようとすると、抱いている思いはどうしても薄められ、変質してしまう。海を見たり、夜空を眺めたりしながら、ぼんやりと、僕はこの夏を生きた。
訃報を知った翌日、レコードや楽器、蔵書などが寄贈された武蔵野美術大学まで、「中村とうようコレクション」の展示を見に行った。そこに遺された思いがある気がしたから。キューバのさとうきび畑に向かう若き日のとうようさんの凛とした眼差しが目に焼きついた。フリー・ソウルを始めた頃、音楽の趣味も世代もずいぶん違うのに、リンダ・ルイスの話を通して、その気概を応援してくださったことを、ふと思い出して、胸が熱くなった。彼の生と死を考えることは、おこがましいが、僕にとって「これからの人生」を考えることに等しい。何だか音楽を聴く気になれなかったが、ロバート・ジョンソンのLPのイラストとCDの写真を見比べながら酒を飲んでいたら、音が心に入ってくるようになった。
「MUSIC MAGAZINE」への思い入れなどは、とうの昔にないし、もうずいぶん久しく読んでさえいなかったが、“とうようズ・トーク”の最後「という訳なので、読者の皆さん、さようなら。中村とうようというヘンな奴がいたことを、ときどき思い出してください」を見たときは、言葉が出なかった。「人生に絶望して自死を選ぶ、といったものではありません」という氏らしい毅然とした態度、最期に「でも自分ではっきりと言えますよ。ぼくの人生は楽しかった、ってね」という境地に達したのも本音だろう。
自分らしく生きていれば、苛立ちも失望も憤慨も、雨が洗い流してくれる。きっと真実に違いない。「俗世間の中に生きつつ、精神的に俗を離れるのが一番カッコイイのだと思うようになった」、僕もそう感じている。
9月15日(木)記
ようやく少し、机に向かい、この夏を振り返っていく気になれた。
中村とうようさんのことを書いた9/12は中秋の名月で、美しい満月の夜だった。前夜の9/11は夜更けまで恵比寿のBar Truckでゆっくりと酒を飲み、ニール・ヤングとカサンドラ・ウィルソンの「Harvest Moon」を続けて聴いた。ちょうど10年前のその日、僕はカフェ・アプレミディのスタッフ皆と日光の金谷ホテルに旅行していた。夕食を終えて部屋でひと息、とTVをつけた瞬間、あの衝撃的な映像がとびこんできたのだった。
満月の夜は、ふと思い立って、自分が育った小学校・中学校のまわりを歩いてみた。懐かしい風景に様々な思い出がよぎり、遅い時間だったが、音楽室からもれるバッハのメロディーに、胸を締めつけられるような気持ちになった。体育館の脇で不意に、ハ長調プレリュードが流れる「ゴダールのマリア」の大好きなシークエンス、ミリアム・ルーセルのバスケットボールの場面にインサートされる満月のショットを思い浮かべた。実にゴダールらしい、あの美しいシーンと同じぐらい、その日の満月は印象的だった。近くの駒沢公園でひとり、ささやかな月見酒をして帰った。
さて、今夜はこの夏のDJのことを思い出していこうか。8/26の「ムジカノッサ、サバービア・スイート20周年を讃える。」は、20年前の「Suburbia Suite; Cool Summer Party」と同じく、サウンド・バリアーの「僕の住んでいる街」で始まった。もちろんアルバム『The Suburbia Suite』から。当時はコンパクト・オーガニゼイションのキャッチフレーズから引用した「Earbenders for easy listeners」の象徴のように位置づけていた。主宰するトット・テイラーのアイディアには、ポール・ウェラー率いるレスポンドや、クレプスキュール〜チェリー・レッド〜エルなどと並んでひどく影響を受けたから、ある日突然、彼から手紙が送られてきたときは嬉しかった。
ゲスト出演してくれた(DJというよりトークでした)サエキけんぞうさんの昔話も尽きることがなかった。僕は岡崎京子さんも含め3人で、ジュリアナ東京のオープニングに出かけたときのことを、強く思い出していた。この日のために用意した、20年前のパーティーのときのアンケートやプレイ・リスト、その頃のフリー・ペーパー/フライヤーを題材に、友人たちとも思い出話に花が咲いた。
音楽的にも当然、好きな曲ばかりがかかる楽しい夜だった。昭和50年代生まれのDJには、サバービアはほぼイコールでフリー・ソウルなのかな、と感じる場面も多かったが、心が和らいでいくのに高揚していく稀有で偉大な曲だな、と再認識したレスリー・ダンカンの「I Can See Where I'm Going」や、いつ聴いても胸がキュンとする曲だね、と吉本宏&山本勇樹が改めて意気投合していたカル・ジェイダー「Curtain Call」のように、サバービア的ときめきにあふれた瞬間は何度も訪れた。
中村智昭のプレイをジュディー・シル「Soldier Of The Heart」で受けた僕自身のDJは、ミシェル・ルグラン「My Baby」、アルマンド・トロヴァヨーリ「Sei Mesi Di Felicita」へと久しぶりの黄金(最近は鉄板、と言うのかな)リレーで、大きな歓声に包まれ心から感謝。そしてラストは20年前を思い起こし、プライマル・スクリームの12インチ「Come Together」で合唱。個人的にはサテライト・ラヴァーズをかけられたのも嬉しかったな。「永遠の八月に迷いこむ、甘い夢が終わらないように」と。
翌8/27の僕がオーガナイズしたSARAVAH東京での「Rainbow Town」も期待通り、というより期待していた以上に、スペシャルな夜となった。すべてのライヴが素晴らしくて、僕もDJとしてより、いちオーディエンスとして十分に楽しませてもらったが、特に次松大助とヨハン・クリスター・シュッツが共演で「Over The Rainbow」をカヴァーしてくれたのには感激した。ちょうど僕はこの夏、大学生のときにこの曲を好きになるきっかけになったアート・ペッパーに始まり、スティールパンやヴィブラフォンでの演奏を中心に、キース・ジャレット/ゲイリー・バートン/スタン・ゲッツ/MJQ/ロレツ・アレキサンドリア/メロディー・ガルドー/ドン・ブラウン/エヴァ・キャシディー/Little Tempoなど、「Over The Rainbow」だけを集めたCD-Rを作って、よく聴いていたからだ。
ヒロチカーノが弾き語りしてくれた「Samba Saravah」でも、出演者の名が呼ばれるたびに、「サラヴァ!」(祝福あれ)と声を上げ、その場にいた全員への感謝の気持ちを表した。イヴェント後の数日は、涙せずにいられなかった次松大助(箱)の「夏の面影」にとらわれて、「月の光をつかまえて、ゆっくりと雲間にすべりだす」と夜空を見上げ、「青い海を渡ろう、すべてを呑みこんでいこう、そこからすべてが始まるなら、青い海を渡ろう、誰も知らない夜の名を、月の西へと帆を向けて」と歌っていた。
8/17のBar Musicでの「Toru II Toru」では、24時をすぎ誕生日を迎えた渡辺亨さんが、僕も大好きなアルバム、ローラ・ニーロの『Gonna Take A Miracle』をまるごとかけていた。『Free Soul Parade』でもお馴染み、ラニ・ホールによるレスリー・ダンカン/エルトン・ジョンのカヴァー「Love Song」を始め、ラヴ・ソングばかりかかる一夜だったが、僕はディープ・ハウスやデトロイト・ビートダウンをメロウなSSWのように聴かせたい、というテーマを設けた選曲も試みた。
待望だったCALMをゲストに迎えた7/31のカフェ・アプレミディのサンデイ・アフタヌーン・パーティー「harmony」は、僕のスピンした12インチも、どこかでCALMに聴かせようという意識が働いたセレクトだったかもしれない。シャーデー「By Your Side」のムーディーマン・リミックス(当初はそうクレジットされていたが、“Jay Denes Naked Soul Remix”が正しいのかな)、ジル・スコット「It's Better」のブレイズ・リミックスなどを、レコード・バッグに入れていった。Shazz「El Camino Part 1」/Sasha Dive「Hey Joe」/Larry Heard「Another Night Re-Edit」も、週末の終わる日曜日、真夏の夜の23時ならではのメロウ・ダンシングな心地よさだった。9/25に迫っている、DJ YOGURTがゲストとして登場する次回も、間違いなく素晴らしい夜になるので、お楽しみに。
そして今年も、海辺でのDJの記憶が印象に残っている。夏の始まりを告げるように、「harmony」と「Higher Ground」のダブルネーム・パーティーとして開催された7/9の逗子は、Max Essaと一緒で、僕は太陽の季節、そして夕暮れどきのマイ・ベスト・コンピ『Chill-Out Mellow Beats〜Harmonie du soir』のイメージを踏まえながら、マイ・バレアリック・スタイルでプレイした。テン・シティー「All Loved Out」のジョー・クラウゼルによるピアノ・ダブに暮れゆく夕陽、バイロン・スティンギリー「Flying High」のMAWによるブラジリアン・ミックスに夕闇がベスト・マッチ。ホセ・ジェイムス「Desire」のムーディーマン・リミックスや、コード・718「Equinox」のヘンリク・シュワルツ・リミックスが、ビーチハウスでも映えることを発見したのも収穫だった。
7/30の江ノ島での「Lots Of Lovin'」のシーサイド・ウィークエンドは、お約束通り、R.ケリー「Summer Bunnies」(スピナーズ「It's A Shame」のリフにのせた“Summer Bunnies Contest Extended Remix”)で“サマータイム♪サマータイム♪”と盛り上がったクライマックスは言うまでもないが、それ以上にメンタル・レメディー「The Sun・The Moon・Our Souls」を機にDJとライヴ・パーカッション・バンドのセッションが白熱していき、あいにくの天候ながらとてもピースフル&スピリチュアルな雰囲気が生まれたのが最高だった。
江ノ島では8/6にサンセットテラスで「Tribute to Nujabes」と題したイヴェントもあり、Uyama Hiroto & haruka nakamura/CALM/Auroraといった『Mellow Beats, Friends & Lovers』にも参加してくれたメンバーが集まった。CALMのステージのラストで、Uyamaくんとnakamuraくんが加わり、追悼盤『Modal Soul Classics II』に収められた涙の名曲「Music Is Ours」が、初めてライヴで披露された。そしてUyama & nakamuraは「Nujabesが愛してやまなかった曲です」とMCを入れて、「The Sun・The Moon・Our Souls」のカヴァーからスタート。そこからメドレーで「Horizon」へと流れた瞬間、僕は鳥肌が立った。そのときふたりのバックを染めていた西の空の色を、決して忘れないだろう。
元カフェ・アプレミディのスタッフでもある宿口豪の「Bar Blen blen blen」が開いているブラジリアン・パーティーにも、毎年DJとして呼んでもらっているが、フレンドリーなヴァイブに満ちた8/21の逗子も楽しい記憶ばかりが残っている。何と言っても豪くんのホスピタリティーに負うところが大きいのだが、「生ビール飲んだら歌いだす、リズムに合わせて踊りだす」とコール&レスポンスを繰り返すコロリダスのライヴを合図に、コロナ/モヒート/カイピリーニャまで、すぎゆく夏をとことん満喫して海の家を後にした。
それでは、夜明けも近づいてきたので、今日はそろそろこの辺で。やっとペンも進むようになってきたので、この続きはまたすぐに。次回は、僕のコンピレイションやこの夏よく聴いたCDの話をたっぷりと。コンサートにも、よく出かけた夏だったな。
今週末は1年ぶりの北海道DJツアーも控えていて、とても楽しみ。2005年以来、この季節の北海道の気持ちよさを、僕は誰よりも知っているつもりでいる。
「harmony」
9/25(日)18時から24時までカフェ・アプレミディにて入場無料!
インティメイトなカフェの空間に柔らかなグルーヴを届ける「harmony」。7月には「Higher Ground」とのダブルネームでの開催となったビーチハウスでのパーティーも盛況のうちに終えることができました。海辺で聴くセオ・パリッシュやムーディーマンは格別でした。「Free Soul」「Mellow Beats」に続くタームは何なのか。その答えを探す旅は続きます。今回のゲストは、DJ YOGURT。圧倒的な知識と技術と経験に裏打ちされた、彼にしか出せないグルーヴがあります。夏の疲れを癒す素晴らしい夜になるはずです。「harmony」第13回。一緒に楽しみましょう!(Takahiro Haraguchi)
harmony classics
Theo Parrish / Solitary Flight
「harmony」でスピンするセオ・パリッシュは断然これ。この夏、逗子のビーチハウスでの「Higher Ground」とのパーティーでも、タイトなブレイクに続いて、あの甘美な宇宙遊泳のようなロマンをかきたてるフレーズが現れた瞬間、歓声が湧いた。偉大なる恍惚と陶然が訪れる、特別なメッセージを宿した不朽の名作。(橋本徹)
6th Borough Project / One Night In The Borough
大注目のレーベルDelusions of Grandeurから、いよいよ6th Borough Projectのファースト・アルバムがリリース! これが素晴らしすぎます。早くも個人的な今年のベスト・アルバム候補! その音へのこだわりは3LP仕様、アートワークからも感じることができます。せひとも聴いてほしいアルバムです!(haraguchic)
Tullio De Piscopo / Stop Bajon
昨年のセオ・パリッシュのリミックスも話題となったバレアリック・クラシックス。高鳴るミュート・トランペットはジャズ、掻き鳴らされるギターのリフはロック、転がるピアノはソウルを感じさせる……と書くと散漫な曲に感じるかもしれないが、高揚感とメロウネスが同居する奇跡的な一曲。(NARU)
Soulboy / Love Or Lust
NYハウスの巨匠、Danny TenagliaによるプロジェクトSoulboy、今回紹介させていただく曲はボーナス・トラックの「Love Or Lust」。Tenagliaと言えばハード・ハウスをイメージする方も多いと思いますが、このトラックを聴けば、彼の中に秘める繊細な感情がジワジワと伝わってくるはずです! 泣きのピアノ・アンセム!(YUJI)
The Associates / Love Hangover
夏なのに、かなり濃いめの「愛の二日酔い」のメランコリックなカヴァーを。洗練とはほど遠いビートに乗って、ビリー・マッケンジーが演歌歌手さながらに歌う。97年に自ら命を絶った彼の孤独とロマンティシズムを思う。僕にとってノーザン・ソウルの極北のひとつ。82年英国産。(Takahiro Haraguchi)
Fatima feat. Floating Points / Cinnamon
悲しみと喜びを一曲の中で表現するのは難しい。それをこの曲では控えめに、しかし確かに歌っているよう。女性シンガーFatimaが20代前半の Floating Pointsによるプロデュースで、Nu Soul系の歌物ダウンテンポという説明では説明しきれない曲をリリース。(DJ YOGURT)