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5月25日&27日──橋本徹のコンピ情報

年始から制作準備を進めていた「usen for Cafe Apres-midi」10周年記念コンピレイション『Haven't We Met ?』がようやく完成し、今週末いよいよアプレミディに入荷してきます。全国リリースは6/5となりますが、さすがに感慨もひとしおです。ここまで長く時間をかけたのは、もちろん収録曲にこだわったからで、CDの詳しい解説は来週中にHMVのウェブサイトにも掲載されますが(“橋本徹の「usen for Cafe Apres-midi」10周年コンピ全曲解説”をご覧ください)、内容の素晴らしさは信じてもらって間違いありません。心地よい昼下がりに映える曲、美しい夕映えに染みる曲、午後のコーヒー的なシアワセ(ちょっと古い表現ですかね?)を感じさせる名曲中の名曲ばかりが連なり、10年間の真のクラシックスが集まっています。レイチェル・グールド&チェット・ベイカー「I've Got You Under My Skin」〜イェレーヌ・ショグレン「The Real Guitarist In The House」〜ルイス・ヴァン・ダイク「We're All Alone」と続くラスト3曲は、まさにオープン当初のカフェ・アプレミディの午後11時前後そのもので、夕飯を終え店に戻り、ゆっくりと飲み始めるあの時間の光景がフラッシュバックして、胸が熱くなります。
タイトル通り僕らの夢の始まりを鳴らすジングルでもあったトリステ・ジャネロ「A Beginning Dream」、僕らのチームワークの象徴ともなった軽やかなソプラノ・サックスですべり出すチェスキー録音のケニー・ランキン「Haven't We Met ?」、「ジムノペディ」風のメロウなピアノから伸びやかに大海原を駆けていくジェリー・マリガンズ・ニュー・セクステット「North Atlantic Run」、カフェ・ミュージックの代名詞ともなった混声コーラス×ブラジリアンの金字塔的なG/9グループ「P'ra Que Chorar」というオープニングの流れも、カフェ・アプレミディを始めた頃のランチタイムの選曲そのままですね。レイチェル・Zによるシャーデー「Kiss Of Life」のカヴァーから流れる、夕暮れどきのナンド・ローリア「If I Fell」も、「選曲は特定の人にプレゼントするつもりで」という「usen for Cafe Apres-midi」のスピリットの結晶と言える胸を焦がすビートルズ(ジョン・レノン)・カヴァーで、僕らの思い入れの深さは計り知れません。そこからルシンダ・シーガー「Sunset Red」(この曲は絶対に12インチ・ヴァージョンですね)という展開にも、西陽の射し込む開店したてのカフェ・アプレミディの、白壁がオレンジ色に染まり、格子柄の影が映し出された情景がよみがえります。
心をこめ手をかけた選曲でハンドメイド・チャンネルを標榜する「usen for Cafe Apres-midi」らしく、CDのパッケージも、デジ・パックを質感のあるファースト・ヴィンテージという紙でラッピングして、アプレミディ・オリジナルのシールで閉じ、リボンのように麻ひもをかけた手作りのギフトのような仕様としました(僕らの願いをかなえてくれた稲葉ディレクター&杉デザイナーの尽力に心から感謝します)。新聞紙面を模したジャケットの表1は、エレンコ・レーベルのドリヴァル・カイミ&アントニオ・カルロス・ジョビン『Caymmi Visita Tom』へのオマージュ。セレクター14人がそれぞれ選んだ曲について書き下ろしたエッセイや、僕と野村拓史のプロデューサー対談などを収めた28ページにおよぶライナー・ブックレットも読み応え十分ですので、ぜひ楽しみにしていただければと思っています。本当に音楽を愛するすべての人に捧げたい、至福のコンピレイションができあがりました。

ゴールデン・ウィークも『Haven't We Met ?』のアドヴァンスCDを聴いたりしながら、至福の休日という感じですごしていましたが、五月晴れの午後に『食卓を彩るサロン・ジャズ・ヴォーカル』を繰り返し聴いて、こんな日のために作ったのか、と感激を新たにしたり、という嬉しい体験もありました。多幸感あふれる音楽が光と風にベスト・マッチして、「Love, Oh Love」の“サンシャイン・イン・マイ・ライフ”という歌詞が輝くように響いてきたり、「Mon Cherie - Rosie」から「1986」への爽快な流れに海までドライヴに行きたくなったり。
最近は、5/11にSHM-CD化されたフリー・ソウル・コンピの影響もあるのか、久しぶりに明るい音楽を聴いているな、と実感することも多かったです。DJでもないのに、家でジョーイ・ヘザートン「The Road I Took To You」〜アリス・クラーク「Hard Hard Promices」〜ペイジ・クレール「I'm Too Shy」と続けざまにかけてみたり(¥300のレコードも¥30,000のレコードも¥3,000のレコードも等しく愛するのがフリー・ソウル・スタイルです)、キャロル・キング/ジュディー・シル/エスラ・モホークというイメージを求めて久々にエアの「Sister Bessie」を聴いて、15年前は麻薬的なベース・ラインの「Baby, I Don't Know What Love」をアリス・バブスによるキャロル・キング「Been To Canaan」のカヴァーによくつないだな、と懐かしくなったり。ウィングスの「心のラヴ・ソング」の愛してやまない初期ヴァージョン(まだストリングスやホーンが入っていなくて、あの“トゥットゥットゥルルルルー”というフレーズをスキャットでやったりしていて、胸が疼くんです)を聴いていて、ポール・マッカートニーのモータウン趣味について考え、アイズレー・ブラザーズの「This Old Heart Of Mine」が大好きでこんな曲を作ったんだろうな、と気づいたりもしました。
そうしたグルーヴィーな気分は、5/14の長野でのDJパーティーのプレイにも、反映されていたと思います。夕食に「そば八」でいただいた美味しいせいろと、とろりとしたそば湯の余韻もあって、とても楽しい一夜をすごすことができました。イヴェント翌日の午後の心地よい時間も忘れられません。古民家を改装した「assaisonner」という雰囲気のあるカフェレストラン兼セレクトショップで、パルミジャーノをふりかけた生ハムとサーモンのサラダを前菜に、ジョセフ・ドゥルーアンの白ワインを飲みながらのひととき、店内に流れていた『Jet Stream - Summer Flight』の素晴らしさに大感激しました。本当にこの日のために、自分は9年前、このアルバムのセレクションを手がけていたのではないか、と少し興奮してしまったほどです。と同時に、東京以外の街に行って素敵な店に案内されるといつも思うことですが、コンピCDも「usen for Cafe Apres-midi」も、こういう個人がこだわりをもって営んでいる店でかけてもらえるクオリティーを保っていかなければ、と改めて肝に銘じたのでした。秋にはここで「音楽のある風景」と題して昼から夜にかけての選曲パーティーをやろう、と長野のみんなと意気投合して、再会を誓い合いました。

『Jet Stream - Summer Flight』は「Harvest Moon」(カサンドラ・ウィルソン)や「Jazz, Silver Moonlight」(アンリ・サルヴァドール)を収録していることもあって、月・星・夜空に思いを馳せる音楽というテーマで、七夕リリースをめざして次のコンピを構想している今の僕にとって、親しみ深い存在です。夏の夜、そんな音楽と星空のドライヴに出かけたい、最初にそう思ったのは確か去年の七夕の頃、北海道をクルマで走っているときでした。「星をきらめかせて」というプリファブ・スプラウト「We Let The Stars Go」の邦題がふと浮かび、星の輝きのようなメロディーが歌の星座を描くようなCDを作れたら、と考えたのですが、あれからもうすぐ1年、少しずつ月の存在感が僕の中で増していったのでした。
昨年末のカフェ・アプレミディ11周年記念パーティーでUyama Hirotoが「アプレミディに相応しいロマンティックな曲だと思うので」とMCを入れてカヴァーしてくれたのが忘れられない「Moon River」、あるいは「Fly Me To The Moon」や「Moonlight Serenade」といった名スタンダードは、正直なところ素晴らしい作品が多すぎて、セレクションの過程でどのヴァージョンを選ぶか、嬉しい悩みの連続です。そんなときは気分転換に、その名も「天の川」と冠したロー・ボルジェスの『A Via-Lactea』で「街角クラブ2」を聴いたりして、夜空を見上げ陶然とした気持ちになります。そうそう、この新しいコンピのタイトルを思いついたのは今週、雨の月曜日。村上春樹「国境の南、太陽の西」とデューク・エリントンが同時に頭に浮かび、『Moonlight Serenade For Star-Crossed Lovers』にしよう、と心に決めたのでした。名曲「The Star-Crossed Lovers」(悲運の恋人たち、ロミオとジュリエット、織姫と彦星)も誰の演奏にしようか、思いをめぐらせているところです。

それでは最近のニュー・リリースから、主なトピックを紹介していきましょう。シャーデーのベスト盤に収録された新曲「Still In Love With You」はシン・リジィのカヴァーというのに驚かされましたが、聴いてみると彼女らしいとしか言いようのないラヴ・ソングで、ひどく感心させられました。懐かしの「By Your Side」(ネプチューンズ・リミックス)も、僕はアキネリの「Put It In Your Mouth」を思い出すビートが快感で、何度もリピートしたりしています。シンプルな言葉でも思いが伝わってくるような、心に響くヴォーカルが聴きたい、そんな気分のとき、僕の場合は彼女やニーナ・シモンなのかな、と思います。
手に入れたばかりのミア・ドイ・トッドの新作『Cosmic Ocean Ship』も素晴らしいですね。『Chill-Out Mellow Beats 〜 Harmonie du soir』に収めたマイ・フェイヴァリット「Emotion」のようなメディテイティヴで“Ancient Future”的な幽玄美というよりは、「Under The Sun」「Summer Lover」といった曲名からも伝わるように、太陽の下で海風そよぐヨットに揺られるような、白日夢のアコースティック・サウンド。爽やかな「Skipping Stones」を始め、「usen for Cafe Apres-midi」でもこれまで以上に重宝しそうです。
以前にこの[staff blog]でも触れた、クラムボンのmitoのソロ・アルバム『Dawns』もついにリリースされました。彼がNujabesへの共感を綴った「When Do I Understand」にやはり胸が詰まります。Uyama Hirotoとharuka nakamuraが共演したこの曲を聴いていると、2/26Nujabes一周忌のカフェ・アプレミディの夜を思い出さずにいられません。また、こちらも心待ちにしていたorange pekoeの藤本一馬のソロ・アルバム『Sun Dance』もまもなくリリースですね。やはり以前にこのページで触れましたが、カフェ・アプレミディ11周年記念パーティー以来、およそ半年ぶりに観た昨夜のライヴも最高でした。mitoくんにも一馬くんにも強く感じられるミュージシャンシップ(という表現が適切なのかわかりませんが)とでも言うべきものに、僕は敬意を抱いています。これからの時代、真摯なこだわりと自由なチャレンジ精神、ざっくばらんなふるまいの三位一体が、音楽の未来を切り開いていくのではないか、と感じているからでしょうか。そういえば日本のアーティストでは、このひと月の間、ピチカート・ワンの『11のとても悲しい歌』はどうでしたか、と訊かれることが多かったのですが、サンプル盤をいただいてから、まだ一度しか通して聴けていないので、コメントは控えるべきでしょうね。もちろん悪いはずはありませんが。

リイシューではまず、英ジャズマンからのテレア『Terea』を特筆すべきですね。グッド・メロウ・ソウル「Pretty Bird」を聴いて以来、アルバム通して聴いてみたいと思っていた一枚でした。カナダのアシッド・フォーキーなシンガー・ソングライター、イアン・T・マクレオドの蛙ジャケット『In The Palm Of Paradise』は、ブルース・コバーンを思わすような「The Way It Falls」が出色。同じカナダの先頃復刻されたエアボーンのフォーキー・メロウ・グルーヴ「Someone Like You」などと並べて聴きたい感じです。同じく入手困難盤だったナオミ・ルイスの自主制作フォーキー・アルバムでは、ファースト『Cottage Songs』の「Life Is Song」、セカンド『Seagulls And Sunflowers』の「A Song Is Born」が白眉です。やはり再発されたエアボーンのべース奏者ドン・タリスのグルーヴィーな「Tahitian Love Song」へつなげたくなるような。
その他では、音楽生活の備忘録として使っているtwitter(http://twitter.com/Toruhashimoto)を見てみると、『美しき音楽のある風景〜素晴らしきメランコリーのアルゼンチン』にはクチ・レギサモンに捧げたアルバムからノラ・サルモリアのさりげない歌にも惹かれる「Amores De La Vendimia」を入れた、アルゼンチンの味わい深いギタリスト、キケ・シネシがカルロス・アギーレのピアノと奏でた「Seras Verdad」「Danza Sin Fin」(終わりなきダンス)が、夕闇せまる頃、ふと僕の心をとらえました。ふたりのコラボレイションと言えば、誰もがカルロス・アギーレのファーストの1曲目「Los Tre Deseos De Siempre」(永遠の3つの願い)に魅せられたはずですが、この2曲も、ジャズ/クラシック/フォルクローレが繊細に、まろやかに溶け合う天上の調べが、切なく胸を打ちます。そしてもうひとつ、やはり久しぶりに取り出した、ハロルド・バッド&ブライアン・イーノ“Ambient 2”の「First Light」が、街もすっかり寝静まった深夜、まるで時を止めるように深く沁みてきたことも忘れられません。心の喧騒を鎮めるように、その後もしばらくアームチェアに腰かけて、物思いにふけっていました。スイスのピアニスト、ティエリー・ラングがダブル・ベースとフリューゲルホーン、チェロ・カルテットを迎えリリカルなアンサンブルを聴かせてくれる、『Lyoba Revisited』を小さな音で流しながら。
5月はカサンドラ・ウィルソンが盟友ブランドン・ロスと来日したり(最高のコンビだと確信しています)、ブライアン・ブレイドが自身のジャズ・セットで公演したり(同行の渡辺亨さんと「スタイリッシュなマックス・ローチだね、マックス・ローチもスタイリッシュだけど」と顔を見合わせました)、大震災後の厳しい状況の中で、素晴らしいライヴを観る機会に恵まれたことも感謝したいですね。6月から7月は僕も積極的にDJを行って、少しでも皆さんと音楽の素晴らしさを分かち合っていきたいと考えていますので、[information]のページに掲載されるスケジュールを随時チェックしていただけたら嬉しいです。実際には、相も変わらず失望と落胆の日々を送っていますが、最近は友人に、「ちょっと昔のポジティヴな感じが戻ってきたんじゃない?」と言われることもあるので、僕なりに精一杯がんばりたいと思っています。

5/27追記:今月DVDで観かえした映画は、ウッディー・アレンの「ハンナとその姉妹」と「マンハッタン」でした。どちらも大学生のときに観て好きだった映画ですが、ジャズ狂で知られる監督らしく、音楽も印象的ですよね。「ハンナとその姉妹」は、ロジャース&ハートのメロディーを奏でるデレク・スミスのピアノ・ソロ、そしてイントロ部分がいつまでも耳に残る、ヘレン・フォレストの「いつか聴いた歌」(和田誠がスタンダード・ソングについて綴った本を思い出します)。「マンハッタン」は、ガーシュウィンの名曲がカラー撮影・モノクロ現像のノスタルジックな質感と溶け合って、フィルムをニューヨークらしい雰囲気に染めています(そう、これはニューヨーク観光映画としても、よくできた一本ですね)。ニューヨーク・フィルの演奏による「ラプソディー・イン・ブルー」が流れる有名な冒頭シーンは、当初バニー・ベリガンの「言い出しかねて」が使われるはずだった、というエピソードはご存じでしょうか。僕はその晩、「チャイナタウン」のサントラに入っているバニー・ベリガン「言い出しかねて」を聴いて、眠りにつきました。ロマン・ポランスキーが撮った探偵ハードボイルド「チャイナタウン」も忘れられない映画ですね。
本を読むことは、相変わらずあまりないのですが、今ベッドサイドに置いているのは、パヴェーゼの「美しい夏」と「丘の上の悪魔」です。若い頃に好きだった青春小説は5年ごとに読みかえそう、そう思ったのは不惑を迎える頃でした。どちらも、その書き出しからたまらなく好きです。
「あのころはいつもお祭りだった」(「美しい夏」)
「ぼくらはとても若かった。あの年ぼくは一睡もしなかったのではないか」(「丘の上の悪魔」)
人生の夏を回想するにはまだ早いと思っていますが、毎晩何ページか目を通すだけで、きれいな空気を吸ったときのように気持ちが落ちついていくので、僕はこの2冊を手ばなせずにいるのでしょう。パヴェーゼ自身の人生にも、最近とても興味が出てきました。
今日はまだ5月ですが、関東地方は梅雨入り、というニュースも先ほど入ってきました。サイドボードに飾ってあるテリー・キャリアーの『Occasional Rain』のジャケットを眺めながら、雨の季節ならではの音楽の愉しみもありますよね、と前向きに考えることにしましょう。今スピーカーから流れているのは、デイデラスも推薦するBathsというアーティストの「Rain Smell」という曲。素晴らしくメランコリックなピアノIDMです。雨の匂いが美しく、愛おしく感じられるこの曲を聴き終えたら、明日アプレミディ入荷の『Haven't We Met ?』のラッピングの手伝いに出かけます。とはいっても、不器用な僕にできることは、ステッカーを貼ってヴィニールに入れることぐらいなのですが。仲間の協力に感謝しつつ、聴いてくださる方への愛情だけはこめてきたいと思います。


「usen for Cafe Apres-midi」セレクターズを代表して
吉本宏

2001年4月「usen for Cafe Apres-midi」はその産声をあげた。それは、サバービアの橋本徹がこれまでに提唱してきた、日々の生活の中で、季節の変化や時間の移ろいにあわせて音楽を聴くという個人のライフスタイルに寄り添った音楽のあり方を、ジャンルという切り口ではなく、より感覚的な“テイスト”に沿った選曲で表現するという新しい試みのチャンネルであった。スタート時には選曲家個々人の振り幅が違うため、統一感を出すのがむずかしい面もあったが、3周年を記念につくられた小冊子の中で、11名の選曲家の選曲に対する想いやこだわりが文章という形になって記されたことで、言葉にすることがむずかしかったチャンネルのめざす方向性が明確になってきた。5周年にはカフェ・アプレミディ発行のガイドブックという体裁の文庫本サイズの小冊子「音楽のある風景」がつくられた。このときに紹介された数々の音楽は、アナログ・レコード以降の1990年代〜2000年代にリリースされたたくさんのCDの中から「usen for Cafe Apres-midi」クラシックスが数多く誕生したことを物語っている。ジャズ、ブラジル、SSW、ソフト・ロック、ソウル、クラシック、エレクトロニカなどのジャンルを横断して選ばれた音楽は、これまでサバービアのディスク・ガイドが提案していたことを、まさに現在進行形の音楽の中で提示していた。
2009年には、ついに音楽そのものをパッケージした、アプレミディ・レコーズとしての初のコンピレイションCDシリーズ『音楽のある風景』が四季にあわせて4枚リリースされた。朝の1杯のコーヒーにあうボサノヴァ、ランチ・タイムに華やぐジャズ・ヴォーカル、ディナー・タイムを彩るジャズ・ピアノ、真夜中のバー・タイムをしめくくるフォーキーなSSWなど、自宅でもチャンネルの雰囲気が手軽に楽しめる作品となった。

今回、10周年を迎える「usen for Cafe Apres-midi」の記念コンピレイションCD『Haven't We Met ?』?螢蝓璽垢気譴襦14名の選曲家が、チャンネルの中で選曲し続けてきた“大切な1曲”を14曲と、チャンネルを代表する6曲の計20曲を収め、それぞれの曲について各人が想い入れのある文章をつづっている。さらに、初回限定盤として、大切な人へのさりげないギフトになればと願い、選曲家たち自らがクラフト紙で包装し、麻ひもでリボンを結んだハンドメイドのスペシャル・パッケージが用意された。
「usen for Cafe Apres-midi」は、全国のカフェやレストラン、バー、さらにはブティックやインテリア・ショップ、ギャラリー、ホテルのラウンジ、ブック・ストアなど、様々なカテゴリーを超えた商業施設や、ホーム・リスニングにもあうような、“テイスト”で選ばれた音楽をお届けしている。一曲ずつていねいに選び抜かれたそれらの音楽は、チャンネルを象徴する曲、ケニー・ランキンの「Haven't We Met ?」のように、リスナーのみなさんに「僕たちどこかで会ったんじゃない?」ということを語りかけている。


『Haven't We Met ?』のリリースに寄せて
橋本徹 (SUBURBIA/カフェ・アプレミディ店主)×野村拓史(USENプロデューサー)

──今回、株式会社USENの音楽放送チャンネル「usen for Cafe Apres-midi」の放送10周年を記念し て、コンピレイション『Haven't We Met ?』がリリースされますが、10年前にこのチャンネルを始めた頃の思いは、どんな感じだったんですか?
野村/今でも覚えてるんですけど、橋本さんを直接知らなかった頃にもフリー・ソウルのCDは随分聴いていて。USENというのは当時はジャンル別でしか流せなかったんですが、橋本さんと出会ったことで、USENにとってもカウンターというか、橋本さんに関わってもらうことで、ジャンルレスで流すということが、当時初めて、たった10年前なんですが、それまでできていなかったことができるようになったという。あのときの橋本さんとの出会いは、5周年のときに作った本「音楽のある風景」にも書いたんですけど、USENだけじゃなくて、街のBGMとして、いろんな意味で僕たちが納得のいくものが流れ出しているのは、10年前の橋本さんとの出会いがきっかけだったのではないか、と感じますね。
橋本/ひとつのジャンルということではなくて、ある種のテイストでいろんなジャンルから音楽を集めてきて、ある気分みたいなものを演出していくっていうことを、コンピだったりレコード・ガイドブックであったりカフェという空間やフリーマガジンなど、いろんな形でやっていたつもりではあったんだけど、もっと大きな、街のインフラとしてのUSENというところから、選曲という手段で、それまでめざしてきたことを実現できる機会を与えられたという意味で、僕自身の音楽生活においてもエポックメイキングな出会いでしたね。このチャンネルがスタートしたことによって、僕たちは音楽愛好家としてのやりがいも増したし、実際に街のBGMの基準値も著しく上がったと思うし。そういうことのひとつのきっかけになったらいいな、という思いをひとつずつ実現してきたということかな。
野村/かなり裾野が広がっていると思います。すでにカフェを超えて、良質なものを求める飲食店や、インテリア・ショップや美容室でも大人気なんですよ。さらには銀行とか百貨店とか、大きなパブリック・スペースでも流れています。
橋本/ふらっと入ったお店でも、偶然「usen for Cafe Apres-midi」を耳にする機会が多くなりましたね。そういうのは単純に嬉しいし、一緒にいる人とそれで盛り上がったりすることも楽しいし。

──最初は互いに面識はなかったのに、似たような音楽の聴き方をしてきたという話がありましたが、それがコンピレイションのタイトルの『Haven't We Met ?』に託されている気持ちでもありますよね?
野村/そうですね。「僕たち、会ったことあるよね?」っていう共感や友達意識という意味で。一方で僕は橋本さんとは違ったところもあって、選曲は人のためにやるというか、その音楽が流れる場所を勝手に想像して、これが喜ばれるんじゃないかって、もともと考えていたんですよ。それが僕が職業選曲家として身につけてきた術なんですが、初めて橋本さんと会ったときに、橋本さんもそうなんですかって質問したら、「いや、僕は自分のために選曲しているよ」って言われて、それがまずジャンルレスっていうことよりも衝撃的で。それ以来10年間、我々USENも、まず自分たちが納得するものを選曲しているかを常に自問自答してきたんです。
橋本/自分のために自分の好きな曲をかけるっていうことが、基本姿勢にあることが、目に見えない何かを生んでいるだろうって思うからね。お洒落なカフェはこういう音楽だろう、っていうイメージにあわせているわけではなくて、単純に自分がそういう場所に行ったら聴きたい曲を選んでいるっていう。
野村/それまでのUSENとは違った自分の選曲家としての一面を、橋本さんに出会ったときに、あ、それでやってみようと思って、僕なりに橋本さんに寄っていったんですよ。不思議なのは、橋本さんは橋本さんで、逆に、USENと仕事をすることで、本当に好きなんだけど、その場所に合うものに対して、最初の1〜2年はピントを合わせるっていう時間があったんじゃないかと思うんですよ。
橋本/BGMというものがどんな風に耳に入ってくるものなのかっていうのは、自分がカフェを営んでいることもあって、すごくあの時期にわかったことがたくさんあって。それまでは、集中して自分の好きな音楽を聴くっていう聴き方を僕個人もしてきたわけだけど、ある空間にいて、気の合う友達や恋人と楽しい時間を過ごしているときに、後ろで鳴っていてほしい音楽がどのように耳に入ってくるかって。会話の合間だったりとかにね。そういう空気感みたいなものに対するリアリティーは、この10年間で急激に身についていったんじゃないかな。
野村 僕も覚えているんですけど、「スウィート・サプライズ」というパーティーを神戸で始めたときに、ちょうどその頃くらいから、僕は僕なりに自分の好きなものを自信を持って流せばいいんだっていう思いと、橋本さんは橋本さんで、自分の好きな音楽はたくさんありながらも、USENではこういうものがいいんじゃないかっていう、お互いが歩み寄った時期があって。それが3周年くらいでしたね。
橋本/たぶんそれまでの試行錯誤は、DJの選曲っていうこととBGMとの違いが大きかったんじゃないかな。DJってやっぱり、聴き手を強力にグリップするような選曲を心がけるものだけど、「usen for Cafe Apres-midi」を始めた当初はBGMでもそれをやってしまって。それでテンションが高くなりすぎたりして、自然に、ドラマティックな物語は作らなくてもいいんだなって思ったり、断片的に耳に入ってくることを踏まえて、3曲くらいずつの単位で小さなストーリーをいくつも用意したりするようになって。
野村/今、日本って、もの作りでも作品でも、1年や3年で結果を出せって言われますが、「usen for Cafe Apres-midi」でいうと5年目から本当によくなっていって、さらに7年目、8年目といろいろな改善をしてきているんです。皆が10年くらいやって初めて、こうなんだっていうものを身につけだして、それでもまだこうした方がいいっていう改善点がある。そういう過程を経て、このチャンネルを通して街で流れる音楽は、我々にとってひとつの作品になってきたし、影響力も持っていると思います。そうやって皆で形にしてきて、ようやく10年目にして、僕らはこういう思いで選曲をしていますって言える時期が来たと思うんです。だから今、このメンバーでCDを作りたいと思ったんですよ。
橋本/モニュメントですよね。これだけの選曲家が、手作りで心をこめて素晴らしい音楽を届けてきたという記念碑。
野村/ある人は自分の選曲を何度も聴き直して、1曲でも気に入らないとまるごと作り直すとか、ある人は自分のリアリティーのある空間に実際に足を運んで自分の選曲を流して、自分の責任のもとにその空気感まで一緒に録音してくれたりとか。今やこんなやり方で選曲をしている放送局もないし、USENでもそこまでやっているチャンネルはない、類い稀なものなんです。だから、ある大型商業施設のプロデューサーがこのチャンネルを選んでくれたときに、自分も同じくらい何かにこだわってものを作っているからわかるんだ、って言われたときは嬉しかった。
橋本/もちろん大きな場所だけじゃなくて、個人でやっている空間とかでも、心をこめて手作りで空間を作っている人が共感してくれるようなBGMを提供したいっていうのは強くありますよね。そういうところに伝わるっていうのはすごく嬉しいことだし。やっぱり人間が作っているっていう感じがとても大切で。「usen for Cafe Apres-midi」は音楽・選曲が呼吸をしているし、生きていると思うんだ。たぶんそこがいちばん重要なことで、音楽性の幅広さっていうのもその中から自然に広がっていってるわけで。いろいろなテイストやジャンルがまた独立していろいろなBGMのかたちとして生まれて、兄弟的な存在として別のUSENのチャンネルやコンピレイションCDができたりということで、「usen for Cafe Apres-midi」がやろうしていることのヴァリエイションが世の中に散らばっていっていることも意味がありますよね。
野村/それにしても、こうやって並んだ曲目リストを見たときに、これは奇跡的だなと思いますね。おそらくすでに有名になっている曲も入っていると思いますが、この曲が初めてささやかにプレイされて、その後5年、10年かけて誰もが欲しいっていう曲になっていったりしたことが面白くて。実はこの曲ってこういうことだったんだっていう。僕が橋本さんと出会った頃にはサバービアっていうひとつの憧れがあって、同じように皆が音楽人生の中で、当時はアナログ盤で集めていたわけですけど、この『Haven't We Met ?』は、そういった部分と、いわゆる懐古主義ではなくて今リアルに聴いてフラットに見つけてきたものとが、共存しているんですね。橋本さんがサバービアで提案したものと比べても、一人一人の思いには嘘がないと思うんです。それはこの音楽を聴いてもらえれば感じていただけるんじゃないかと。
橋本/最初に「午後のコーヒー的なシアワセ」っていうフレーズを掲げてカフェ・アプレミディの選曲を始めたわけだけど、それを象徴するような、10年経っても古びない曲もあれば、この10年の中で定番になってきた曲もあるし。本当の意味でのクラシックスが集まってますね。各セレクターの色合いも反映されているしね。やっぱり、5周年で「音楽のある風景」という本を作ったことが、僕にとってもチャンネルにとっても各セレクターにとっても、とてもよかったんじゃないかな。それを土台に、10周年というこの機会に、集大成的な意味でこのCDを作れたのはとても幸せなことですね。

──それを象徴するのが、ケニー・ランキンの曲の名を冠したアルバム・タイトルですが、これにはどういう意味をこめていますか?
橋本/やっぱり、「俺たち会ったことあるんじゃない?」っていう。最近でも前世でもいいですけど。選曲活動だけじゃなくて、プライヴェイトで交わっていく中でもそう感じることが多かったし。まさにタイトルのフレーズが僕たちの心情を言い当ててくれていると思いますね。もっと言えば、ここに収めたチェスキーに吹き込まれたヴァージョンの持っている、イントロが流れた瞬間に風が吹くような特別な何かっていうものに、僕らの音楽に対する思いを託せるなっていう。コンピのタイトル・チューンに相応しい曲だなって、皆と意気投合しましたよ。しかもイントロにトリステ・ジャネロの「A Beginning Dream」をつけて、「Haven't We Met ?」につながるなんて最高だよね。
野村/どれだけロマンティストだっていう。でもひと言でいうと我々はロマンティストの集まりなんだなって。そういう意味でも「Haven't We Met ?」は本当に「usen for Cafe Apres-midi」を象徴していますね。ただ、この録音がリリースされた当時はもうアナログ盤ではなくてCDの時代だったので、このチェスキーのヴァージョンは、「usen for Cafe Apres-midiで人気が高まるまで見逃されていたんですよ。
橋本/まさにそういうことですよね。「usen for Cafe Apres-midi」を始めて大きかったのは、それまでアナログ中心にいろいろな音楽を、すごく高価なヴィンテージのレコードも含めて掘りまくっていたわけだけど、CDの時代になって以降の見過されがちないい曲に光があたったこと。アプレミディ・レコーズの「音楽のある風景」シリーズはずいぶんその恩恵を受けているな。「フリー・ソウル」シリーズが90年代にあって、このチャンネルが始まる前年の2000年から「カフェ・アプレミディ」シリーズが始まって、当時は基本的に自分のアナログのコレクションから選曲していたんですよ。それが徐々に大きく変わっていく背景というか、下地になったのが「usen for Cafe Apres-midi」ですね。
野村/本当に、このCDに入っていない曲でも、たくさんクラシックが生まれましたよね。それはやっぱり、それまで皆アナログで発掘していたんだけど、CDにも埋もれている名作がたくさんあると気づいたことが大きくて。今回は「音楽のある風景」シリーズとできるだけ選曲が重ならないように配慮されていますが、ナンド・ローリアの「If I Fell」だけは、どうしても思い入れ深くてはずせませんでしたね。

──14人のセレクターがそれぞれ推薦した曲については、各自が思いをこめたエッセイを寄稿していますが、その他の、まさに「usen for Cafe Apres-midi」クラシックと言える全員推薦で収録された曲について、簡単に解説するとしたら、どんな感じでしょう?
野村 まず最初に、プロローグのトリステ・ジャネロ「A Beginning Dream」は、チャンネルのジングルにしていたことも付け加えておきたいですね。数年間、これにナレイションをのせて始めていたという。
橋本/そう、このオープニングが聴こえてくると、あのフランス語のナレイションが聴こえてきそうですもんね。昔から大好きだったソフト・ロックの名盤ですが、カフェ・アプレミディを始めた瞬間に、DJという視点ではなくBGMとして店のターンテーブルに物凄い頻度でのるようになった一枚です。このイントロにブレイク・ビーツをあわせて、絶対メロウ・ヒップホップを作るべきだ、なんて話もしていましたが。
野村/ジェリー・マリガンの「North Atlantic Run」は、「usen for Cafe Apres-midi」の昼間選曲の王道ですね。橋本さんがよく使っていたのを覚えていますよ。
橋本/やっぱり風が吹くような感じというかね。今回のコンピレイションでは、昼から夜への時間の流れをイメージして曲を配置してみたんですよ。収録が実現したジェリー・マリガンズ・ニュー・セクステットのヴァージョンは、「ジムノペディ」を思わせるようなメロウなイントロからのグルーヴィーな展開や、ピアノにヴァイブが心地いいんですが、ジェリー・マリガン・ウィズ・ジェーン・ドゥボック版もスキャットが心地よくて、よく流れていましたね。
野村/ドロタ・ミシュキェヴィッチの「Nuce, Gwizdze Sobie」は比較的最近の曲ですが、一瞬にしてクラシックにな辰慎い?靴泙垢諭I垰弋弔世辰燭里??Г?泙襪埜世す腓錣擦燭?里茲Δ法△海龍覆髻峅兇??弔韻拭廚辰憧兇犬覇瓜?身??砲?瓜呂瓩董
橋本/やっぱり、あの口笛のインパクトですね。爽やかな口笛がそよぐポーリッシュ・ジャズ・ボサ。「usen for Cafe Apres-midi」でかけないわけにはいかないでしょう。いつ聴いても心地よくリラックスできるし。
野村/ローレル・マッセの「The Telephone Song」は、チャンネルをスタートした当初から定番でしたね。女性ジャズ・ヴォーカルでボサノヴァのレパートリーをやるという。
橋本/彼女は初期のマンハッタン・トランスファーのメンバーで、ソロになってのこの曲も、ニューヨークらしい都会的で軽快なアレンジが映えていますね。ロベルト・メネスカルが書いた「The Telephone Song」はセレクターみんなが好きな曲で、僕はオランダのパルメイラなんかでもよく流していました。
野村/そしてイェレーヌ・ショグレンの「The Real Guitarist In The House」は、「usen for Cafe Apres- midi」の象徴のひとつと言ってもいい名作ですね。特に夜の時間帯にめちゃくちゃかかっていました。
橋本/スキャットも印象的な、北欧の長い夜に溶けていくような、儚げなのに凛としたボサ・ジャズで、オリジナルはスティーヴ・キューンですね。この曲を収めたアルバムのタイトル『Sweet Surprise』は、僕らの合言葉のようにも一時期なっていました。
野村/こう見ていくと、本当に僕らの10年間の思いが詰まった、素晴らしいコンピレイションができあがりましたね。制作にご協力いただいた方々、チャンネルを支えてくださった皆様に心から感謝です。
橋本/本当にそうですね。選曲だけではなくパッケージも含めて、ハンドメイド・チャンネルとして心をこめて自分たちの好きな音楽を届けていこうという、僕らの気持ちが投影されたものになったと思います。
野村/なんかクリスマス・アルバムのようなエヴァーグリーン感もありますしね。プレゼントに適したような感じで。開店祝いにシャンパンを持っていく代わりにこのCDを持っていきたいような。
橋本/タイムレス、ということですよね。僕にとっても、大切な人みんなに手渡したいプレゼント、永遠の贈りものみたいな感じかな。ハンドメイド・チャンネルというコンセプトとも関係してきますが、心からの手作りのギフトという意味で。
野村/僕は「usen for Cafe Apres-midi」を聴いてくれている人全員に今すぐ手渡ししたい気持ちですね。
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