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2月17日&19日──橋本徹のコンピ&DJ情報

新しくリリースされるコンピレイションCDの準備が着々と進んでいます。収録希望楽曲のライセンスOKの報せが続々と届き、まだ多少のブラッシュアップが必要かもしれませんが、ジャケット・デザイン案も上に掲げたように完成形に近づいています。今週末には「音楽のある風景」シリーズの新作として『食卓を彩るサロン・ジャズ・ヴォーカル』と『寝室でくつろぐサロン・ジャズ・ヴォーカル』の曲順を組むつもりです。4月に予定されている「usen for Cafe Apres-midi」10周年記念コンピ『Haven't We Met?』のタイトル・トラックに、と使用許可の申請をしていた、ケニー・ランキンがチェスキーに吹き込んだ「Haven't We Met」(イントロのソプラノ・サックスから心洗われる素晴らしいヴァージョンです)にも許諾が下り、選曲仲間たちとひと安心しているところです。
来週末には立て続けにDJスケジュールが入っています。2/25は毎年リオのカーニヴァルのこの時期に開催される「ムジカノッサ」恒例のブラジル祭り。翌2/26はちょうどNujabesの一周忌にあたり、カフェ・アプレミディでUyama Hirotoやharuka nakamuraのライヴ・セッションも混じえ「Nujabesを偲ぶ会」。深夜にはJZ Bratで行われる若手クリエイターが集うというイヴェント「Tokyo X-lounge」にも出演し、90分間プレイします。久しぶりにKZA(Force Of Nature)が「一緒にDJやりましょうよ」と誘ってくれた、3/12のBallでのパーティーも、今から楽しみにしています。
最近のトピックとしては、今アプレミディ&ウェブショップで買い物された方にさしあげている、3枚セット4時間におよぶプレゼントCD-R『Feel Like Makin' Love 〜 Valentine & White 2011』の制作も挙げられます。2月初めのある晴れた午後、駒沢公園を歩いていて、ふと“Strollin' in the park, watchin' winter turn to spring”という名曲「Feel Like Makin' Love」の最初のフレーズを口ずさんで、ひらめいたアイディアで、各1ヴァージョンずつその名演を配しています。我が友人ヒロチカーノの至言に倣って、選曲をするときはいつも、誰かへのギフトのつもりで、と考えていますが、今回は特にヴァレンタイン&ホワイトということもあって、プレゼントとして喜ばれるものを意識しました。素晴らしいカヴァー曲が多いので、パーティーのBGMとしても最適です。ちょっと列挙していきましょう──1枚目はビートルズ/ジョビン/ボズ・スキャッグス/ヴィンス・アンドリュース/ガーシュウィン/スティーヴィー/スパイロジャイラ/トニーニョ・オルタ/シコ・ブアルキ……2枚目はチェット・ベイカー/トッド・ラングレン/キャロル・キング/ジョニ・ミッチェル/ギルバート・オサリヴァン/バカラック/コール・ポーター/イヴァン・リンス/ドリヴァル・カイミ……3枚目はプリファブ・スプラウト/ベン・ワット/ジョアン・ジルベルト/ケニー・ランキン、そしてスミス2曲にニック・ドレイク5曲(聴きたくなるでしょ?)。僕にとっても近い将来、「ひとりでも、ふたりでも、みんなでも楽しめる音楽」という意味で、自分のコンピの指標になるだろうセレクションになったと思います。
そういえば先日、ユニバーサル音源のフリー・ソウル・シリーズのコンピレイションをSHM-CDに、という話もいただきました。リリースの形態はまた改めてじっくり考えようと思いますが、新たなリスナーが増えることを願って、もちろんすぐに快諾しました。同時に、『パレード』『ライツ』『ユニヴァース』『マーヴィン・ゲイ』『ジャクソン・ファイヴ』の5タイトルでこれまでに20万枚を越えるセールス、とうかがい、現在のCDをめぐる状況を考えると、本当にいい時代に作らせてもらったな、と感謝の念を覚えました(『ポール・ウェラー』と『モータウン』はもっともっと売れるべきだと思いましたが)。少しでもこうした素晴らしい音楽を、大切に次の世代に引き継いでいけるよう、これからも努力していきたいと思っています。
それでは、例によってtwitter(http://twitter.com/Toruhashimoto)を見ながら、最近のリスニング・ライフを振り返っていきます。いちばん嬉しかったのは、何と言ってもヌメロからのウィリー・ライト『Telling The Truth』のリイシュー。テリー・キャリアーの最良の瞬間を思わせるフォーキー・ソウル、と言いたくなる内容の素晴らしさに加え、こだわりのパッケージ・ワークからライナーまで愛ある仕事。ボーナス・トラックでもあるシングル曲、カーティス・メイフィールドのカヴァー「Right On For The Darkness」とたおやかな名作「Africa」が4.72インチ(!)のアナログで付いています。僕がこのCDを何度も聴いているうちに聴きたくなったのが、「ブルーにこんがらがって」「運命のひとひねり」と始まるボブ・ディランの『血の轍』と、『アイズレーズ・ライヴ』に収められたボブ・ディランのカヴァー「Lay Lady Lay」であることも、特筆しておきましょう。
復刻盤では、ケニー・ランキンのまろやかさとボブ・ドロウの洒脱さを併せもつ、フォーキー・ジャズでCCMなシンガー・ソングライター、マイケル・ケリー・ブランチャードの『Quail』も、「usen for Cafe Apres-midi」などで重宝していますが(マイケル・ディーコン以来の嬉しい再発かもしれません)、新譜ではStevy Mahyの『The Beautiful Side Of A Kyeyol Folk Trip』がカリブの瑞々しい風に吹かれるようなクレオール・フォーキーで愛聴中。アルゼンチンならFedrico Arreseygor、ミナスならAntonio Loureiroのような、南米のシンガー・ソングライター〜フォークも、すっかり昼下がりの定番になっています。
うたた寝のお供には、ハイドメイドのアートワークにも好感を抱く『Vertical Integration』から、ガレス・ディクソンやマーク・フライ。アシッド・フォークとエレクトロニカとポスト・クラシカルをつなぐSecond Languageから昨秋リリースされたこの愛すべき編集盤、世界でたった400枚ということなので、気になる方はお早めにどうぞ。
一方で、春を待つソフト・ロック、という感じで、ロジャー・ニコルス「Love So Fine」のカヴァーで人気のボビー・ボイル&ザ・トリオの「Spring Can Really Hung You Up The Most」を聴いたりもしています。この季節の青空によく似合うのです。こんな気分になったのは、気持ちよく晴れた日に、久々にホワイト・プレインズの胸疼く名曲「Every Little Move She Makes」を聴いたのがきっかけでした。
「Spring Can Really Hung You Up The Most」は、来週から始まる「usen for Cafe Apres-midi」の“early spring selection”で、高木慶太くんがブロッサム・ディアリーやボビ・ロジャースなど4ヴァージョンを選んでいることも付け加えておきましょう。本当にヴォーカルにもインストにも名演が多く、僕には20年前、リッキー・リー・ジョーンズが『Pop Pop』で歌っていたのも懐かしく思い起こされます。今ではすっかりスタンダードという趣きですが、もともとこの曲をジャズ・シーンに広めたのは、奇しくも今週、訃報が入ってきたジョージ・シアリングでした。彼のご冥福も心よりお祈りしたいと思います。昨夜は眠る前に、僕が初めて買ったシアリングのレコード『Midnight On Cloud 69』を聴いてすごしました。大学生のとき渋谷・ハンターで、「Lullaby Of Birdland」や「September In The Rain」の入った中古のベスト盤を買うつもりだったのが、ジャケットに魅せられて目移りしたマリアン・マクパートランドとのカップリングLPです。1990年末の「Suburbia Suite」のフリーペーパー第1号では、彼のラテン・クインテットのヴァイブを入れたクール・サウンドを、ジャック・ケルアック「路上」のワン・シーンにインスパイアされて、「ビートニクのためのイージー・リスニング」と紹介したのも、決して忘れられない思い出です。
そのジョージ・シアリングが亡くなったヴァレンタインの雪降る夜に、僕の心をとらえたのは、セルソ・フォンセカが歌うスティーヴィー・ワンダーのカヴァー「Superwoman」でした。4年前に『カチア・カンタ・ジョビン』のレコーディング・スタジオを訪れてくれた彼の声とギターに、かけがえのないあのときのリオの輝かしい情景がフラッシュバックしてしまったのです。そしてもう一曲は、『Feel Like Makin' Love 〜 Valentine & White 2011』にも敢えて収録した切ないサロン・ジャズ、Anna Lunaによるギリバート・オサリヴァンのカヴァー「Alone Again」。心に染みるメロディーに、ふと気づくと、「アローン・アゲイン・ナチュラリー」と口ずさむ自分がいました。
とはいえ、やはり最も聴いていたのは、ニック・ドレイクと彼のカヴァー、また近いテイストを感じさせる内省的なサウンド(古くはティム・ハーディンやティム・バックリー、コリン・ブランストーンとダンカン・ブラウンを結ぶライン、近年のスコット・アッペルやスコット・マシューズ、南米ではモスカ&ケヴィン・ヨハンセンの「Waiting For The Sun To Shine」あたりまで)、ということになるでしょう。僕が具体的にどんな曲のどんなところに惹かれているかは、twitterを見てもらえたらと思います。ニックの「Know」にジョアンの「Undiu」を思わせる寂寥感やブルースのようにひやりとした美しさを感じたり、「Things Behind The Sun」をフェイヴァリットに挙げるホセ・ジェイムスにその曲をカヴァーしてほしいと願ったり、という具合です。雪ジャケを何かとブルーノート盤『ゴールデン・サークル』を取り出したオーネット・コールマンに、ニック・ドレイクのクラスター・コードと通じる何かを感じ、「Lonely Woman」を繰り返し聴いたりもしました。オーネットのソロに冒頭から胸をつかまれる、1年前に作ったコンピ『Freedom Suite』を聴き返して、去年の今頃の気持ちを思い出し、身が引き締まる思いになったり、その真の意味でフリーな演奏に心を解き放たれたりもしています。そうそう、彼とキャプテン・ビーフハートが仲がよかった、というのもいい話だと思いませんか。朝日新聞夕刊に掲載された町田康によるビーフハート追悼文があまりに最高だったことも、付け加えておきます。
雪の多かった今月は、ブルース・コバーンにスティーヴン・スティルス、それにアソシエイションといった雪ジャケのアルバムを聴かれた方も多いでしょうが、2/9キャロル・キングの誕生日に、彼女の名曲から名づけられた「Snow Queen」というオリジナル・ホット・カクテルを飲みにカフェ・アプレミディに来てくれた友だちがいたのも嬉しかったです。2/7のブロッサム・ディアリーの命日には、「usen for Cafe Apres-midi」からまるで宿命のように、彼女の歌うビリー・ジョエルのカヴァー「素顔のままで」が流れてきたのも、嬉しい偶然でした。
そして僕が例年、冬に聴きたくなる音楽にサラヴァ・レーベルとブルースがあります。かつて2枚編んだ『サラヴァ・フォー・カフェ・アプレミディ』には、まさに冬の梢のような、それでいて心が暖かくなる名作が詰まっています。ブルースは、今年はロバート・ジョンソンの『King Of The Delta Blues Singers』ばかり聴いていました。このところ「夜のコーヒー」というテーマで続けざまに取材を受けたのですが、そんな時間に褐色のジャケットの絵を眺めながら、聴こえるか聴こえないかのヴォリュームで聴くと、チェット・ベイカーのように響くのです。ニック・ドレイクもこのアルバムの哀切と寂寞を愛していたことは間違いありません。「Black Eyed Dog」を聴けば、わかるはずでしょう。
この冬の夜は、ラルフ・タウナー&ゲイリー・バートンの「Some Other Time」(ビル・エヴァンスの「Peace Piece」はこのスタンダードのイントロ部分を発展させたもの、ですね)に代表されるECMの諸作や、ピアノを中心にしたアンビエント『Music For Pragua』などのブライアン・イーノ関連作も、相変わらずよく聴いています。澄んだ星空に溶け込むようで、ECMが標榜する「静寂の次に美しい音」という言葉が浮かんできますね。
去年のカルロス・アギーレのように今年再評価されるのでは、と目されているゼー・ミゲル・ヴィズニッキ(カエターノ・ヴェローゾとのコラボレイションでも知られていますね)の『Perolas Aos Poucos』や、『素晴らしきメランコリーの世界』のCDに収めたアーティストの中でも、その後とりわけ注目が集まっている気がするアンドレ・メーマリ(祝来日!)/ウリセス・コンティ/フアン・ステュアートといった南米のピアニストも、引き続きヘヴィー・ローテイションでした。それから、忘れてはいけない、アルバムを発表したばかりのジェイムス・ブレイク。イギリスならではのエクレクティックなサウンドながら、ダブ・ステップ云々というよりは、僕には真夜中のブルー・アイド・ソウル愛聴盤です。ファイスト「Limit To Your Love」のカヴァーが話題を呼びましたが、彼はBBCのライヴではジョニ・ミッチェルのカヴァーも披露しているそうで、プリンスの密室的な部分やディアンジェロの『Voodoo』をも連想させます。そう、僕は『Feel Like Makin' Love 〜 Valentine & White 2011』の3枚目のエンディング、ニック・ドレイクの母モリー・ドレイクからジェイムス・ブレイク、そしてディアンジェロへという流れをひどく気に入っていますので、もしよかったら聴いてみてください。

2/19追記:僕のこの20年の歩みについても深く掘り下げてくれた単行本が届きました。昨日出版された「勤めないという生き方」(森健・著/メディアファクトリー・刊)という一冊です。校正チェックのときにも、たまたま聴いていた友人のユズル選曲のCD-Rからウィリアム・フィッツシモンズの「Everything Has Changed」が流れてきて、涙腺がゆるんでしまったのですが(その晩はニーナ・シモンの「Tomorrow Is My Turn」を聴いて、やりすごしました)、ジャーナリストである著者の森氏から本と同時に送られてきた手紙にも、僕は心動かされました。その一部をここに引用させていただきます。

そもそもこの企画では、取材者である筆者自身が存分に楽しませていただきました。 こんなにおもしろかった取材は久しくなかったと言えるほどです。ときに取材ということを忘れて話にのめり込んだり、取材に関係のない話に横滑りしてしまったり、ということもありました。それはふだん対象としている社会問題(政治や経済など)と違って、ワンイシューではなく、それぞれの人生に関わる話だったからだと思います。
多様性ある社会という掛け声はよく耳にしますが、現実にはいまの日本は(とりわけ労働や雇用に関しては)多様性よりも画一的な流れが大勢でしょう。大学生は大手・安定ばかりを志向し、高校生のなりたい職業が「公務員」。働くということに対して、あまりに夢がありません。もっと働くということについて夢をもっていいのではないか、とつねづね思っていました。それが本書を進めた意識の土台にあります。
ただし、現実的ではない夢ばかり売りつけるような話にもしたくありませんでした。ひとつの成功モデルをもって成功本というのは、どうも安易に見えてならなかったからです。
むしろ働くきっかけや動機は、雛形的な成功モデルにあるのではなく、とてもパーソナルな別のところにあるものではないか。そんな風に考えていました。そこで取材に際しては、折々の思いはもちろんのこと、行動の軌跡や人との出会いなど具体的な出来事を細かくうかがうことを主軸に進めさせていただきました。
結果、それぞれの方が、なぜ独立して現在の仕事に従事することになったのか、なぜその仕事をおもしろいと思えるのか、という本質的な部分を多少なりとも紹介できたのではないかと思っています。
(中略)
私自身、これまで臨時的な勤務はあるものの、いわゆる正社員での「就職」はありませんでしたが、みなさんのお話を聞くなかで、「これでもよかったのかな」とすこし気もちを強くすることもできました。
どうもありがとうございました。

いかがでしょうか。機会があれば、ぜひ書店で手にとってもらえたらと思います。僕もフリー・エージェントのような生き方を選んだ身として、リスクをとりながら自分の人生に仕事を引きつけていくこと、自由に自分の人生をつかみとっていくことについて、改めて考えさせられました。
経済環境によって雇用や働き方が変化するのは当然ですが、僕らをとりまく90年代以降の社会は、それをめぐる最大公約数の価値観が、あまりに激しく右に左に揺れてきました。それに伴って、その流行に引きずられて右往左往する人の姿がとても目立つような気がします。そして今は、寄らば大樹の陰、リスクの少ない安定志向が極端に強まり、仕事に夢を抱くことは、それこそ夢のような話なのかもしれません。もちろん、安定した職や確実な収入を得ることも重要で、それらを求めることを責めるつもりはありませんが、働く目的はそれだけなのでしょうか。そう、問いかけたい気持ちは僕にもあります。
この本には、ときに赤裸々な言葉やシヴィアな現実を混じえながら、考え(こうしたテーマで「思い」というより「考え」にフォーカスしたところに、著者の慧眼と誠実さを感じます)と行動の具体的な軌跡が綴られています。それはやはり生きざまとしか言いようがなく、「人生の話」なのだと思います。
昨夜はそんなことを考えつつ、大きな満月の下、ポリスの「Walking On The Moon」(これもまたメロウ・ビーツ、ですね)を口ずさみながら帰宅し、DVD化されたドアーズのドキュメンタリー「When You're Strange」を観て、眠りにつきました。

再追記:「職業というのは本来は愛の行為であるべきなんだ。便宜的な結婚みたいなものじゃなくて」(村上春樹「東京奇譚集」より)
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