12月はいつにも増して時が流れるのが早いですね。僕が選曲した今年最後のコンピレイション『Brother Where Are You』と『素晴らしきメランコリーの世界〜ギター&フォーキー・アンビエンス』が先週アプレミディに入荷しました。それぞれの盤の詳しい解説は、また改めて
[web shop]のページを読んでいただければと思いますが、HMVのホームページには新たに、
“橋本徹の続「素晴らしきメランコリーの世界」対談”が掲載されています。奇しくもそこで語られているように、僕はここ何年か、孤高であることの偉大さや重要性、孤高の存在を讃えたいという気持ちを強く感じるようになっています。アプレミディ・レコーズ担当ディレクターの稲葉昌太氏が話しているように、それは「素晴らしきメランコリーの世界」のコンセプトの基本にある想いなのかもしれません。
『Brother Where Are You』は、本当に末永く聴いてもらえたらと願う作品です。『Chill-Out Mellow Beats 〜 Harmonie du soir』に続いて、FJDによるアートワークにも何かオーラのような精霊が宿っています。カルロス・ニーニョ&ミゲル・アットウッド・ファーガソンが亡きJ・ディラに捧げたトライブ・コールド・クエスト「Find A Way」の物哀しい室内楽アンサンブル、ユセフ・ラティーフ「Love Theme From 'The Robe'」を会心のピアノ・メロウ・ビーツに改作したシンク・トゥワイスによるNujabesへのオマージュに始まり、ファラオ・サンダース「Save Our Children」、ビルド・アン・アーク「This Prayer For The Whole World」、テリー・キャリアー「Ordinary Joe」(心震えるライヴ!)、フレディー・コール「Brother Where Are You」(CDのトレイ下にはオスカー・ブラウン・ジュニアによる歌詞をプリントしました)と、まさに一生ものの至上の名曲が熱い祈りのように連なります。やはりNujabesファンなら熱いものがこみ上げるキップ・ハンラハン「Make Love 2」をアクセントにした中盤は、新旧のスピリチュアル・ジャズの名演が並び、最新曲となるニック・ローゼンのフォーキーな「Mindy's Song」さえ、まるで「ジュリア」(ラムゼイ・ルイスがカヴァーしたビートルズ)か「フランク・ロイド・ライトに捧げる歌」(ポール・デスモンドがカヴァーしたS&G)のように響くはず。アーサー・ラッセル「Love Comes Back」からサン・ラ「Springtime Again」(かなり「Love In Outer Space」と迷いましたが)へのストーリー性のあるエンディングも、とても気に入っています。
『素晴らしきメランコリーの世界〜ギター&フォーキー・アンビエンス』も、アルゼンチンのダリオ・リポヴィッチ「900年のセレナーデ」からフランスのオースティン「おやすみ」まで全24曲、ひとつの物語として聴けるような構成で編んでみました。何と言っても特筆すべきトピックは、スコット・アッペルによるニック・ドレイク「Road」のカヴァーを収録できたことでしょうか。ニック・ドレイクのご遺族も感涙のメッセージを寄せた、やはり今は亡き知る人ぞ知るギター弾き語りの名手による至高のヴァージョン。そこからサン・キル・ムーン〜ピーター・ブロデリックという流れはニック・ドレイクとホセ・ゴンザレスに捧げる選曲です。続く「ジムノペディ」〜ヴァシュティ・バニヤン〜「ムーン・リヴァー」〜「ライフ・オン・マーズ」は“すばメラ”を愛する可憐な女性たち(と彼女たちを愛する男たち)に。ヨーロッパ〜カボ・ヴェルデ〜ミナス〜ウルグアイ〜アルゼンチンと音楽で海を渡る旅をするように、その芳しいメロウ&サウダージな残り香も味わってもらえたらと思います。そしてマット・デイトン&クリス・シーハンのベンチ・コネクションによるクライマックスでは、逆光まばゆい清々しい青春の残照が。もちろん先月末に出た『ピアノ&クラシカル・アンビエンス』編をまだお聴きでない方は、必ず併せてお聴きくださいますように。寒さが募るこの季節、ゆっくりと心を暖めてくれることをお約束します。僕はこのコンピや『美しき音楽のある風景〜素晴らしきメランコリーのアルゼンチン〜』を、Twitterやブログなどで2010年の個人的なベスト・アルバムに選んでくださっている方が多いことにも、とても勇気づけられています。
それでは、ひと月ぶりの[staff blog]なので、12月を振り返っていきましょう。12/12のカフェ・アプレミディ11周年パーティー(Side-B)が、やはり言葉に尽くせない思い出深い一日となりました。僕の頭の中ではずっと、ポール・マッカートニー「Wonderful Christmastime」の素敵な歌詞がループしていたほどです。すべてのライヴ・アクトに感激しました。Uyama Hiroto & haruka nakamuraは、決して忘れられない去年の夏の追想としてメンタル・レメディー「The Sun・The Moon・Our Souls」から、カフェ・アプレミディに相応しいロマンティックな曲とMCを入れて「ムーン・リヴァー」まで。僕が今、いち早くの音源化を待ち望んでいる「Lamp」を特別に披露してくれたのも嬉しかったです。そして、再び僕のDJにUyamaくんがソプラノ・サックスで加わってくれた、ファラオ・サンダース「Save Our Chidren」やNujabes「Horizon」、彼自身の「One Dream」などの渾身のプレイにも魂が震えました。藤本一馬&工藤精は、「Sun Dance」を始めアルバム完成が楽しみな長尺曲を中心に、ダイナミクスとセンシティヴィティーが交錯する引き込まれるような魔力に富んだ演奏。一馬くんは12/17のorange pekoeビッグバンド・ライヴにも誘ってくれて、光が降ってくるような輝かしいステージに、とてもポジティヴな力をもらったような気がします。そして締めくくりはフリーダム・スイートとしても出演してくれた山下洋の弾き語り。今年も僕らの思い出のTVドラマ「ゆうひが丘の総理大臣」から、「海を抱きしめて」と「時代遅れの恋人たち」(サンキュー!)。山下くんと共に11年前、カフェ・アプレミディのオープニング・スタッフでもあった宿口豪と中村智昭のDJもグルーヴィーで最高でした。
「usen for Cafe Apres-midi」の選曲仲間と山本勇樹・河野洋志の“すばメラ”コンビを招いての12/16の『素晴らしきメランコリーの世界』CDリリース記念パーティーも、素晴らしい音楽と音楽愛にあふれた夜でした。僕もAscaino - Menta with Carlos Aguirreの「永遠の3つの願い」(『Crema』のオープニングも飾る、流れ星がすぎていく間に3つの願いごとをする、という曲ですね)を聴いて出かけたからか、最近の自分のムードを反映した、なかなか良いセレクションができたのでは、と思っています。この秋から冬にかけての僕の音楽生活は、真夜中は『ピアノ&クラシカル・アンビエンス』や“ECM & ENO CONNECTION”中心でしたが、ギター&フォーキーなキース・ジャレット(「For You And Me」「Wonders」「Sioux City Sue New」という心の芯まで沁みる3曲)、アントニー&ザ・ジョンソンズによるジョン・レノン「Imagine」やボブ・ディラン「Pressing On」、ベックのニック・ドレイク「Pink Moon」のカヴァー、エリオット・スミスやルーファス・ウェインライト、そしてもちろんスコット・アッペル、という具合だったのです。遊びに来てくれていたアルゼンチンのトミ・レブレロが、ニック・ドレイク「At The Chime Of A City Clock」にすかさず反応して握手を求めてきたのも嬉しかったな。
12/8に「usen for Cafe Apres-midi」ウィンター・セレクションのために選曲したときも、そんなテイストが色濃かったはずなので、年明けからの放送を心待ちにしてもらえたらと思っています。前日に来日公演を観逃して悔しかったエディー・リーダーが歌う、スウィートマウス「Dangerous」(名曲!)のフェアグラウンド・アトラクションのクラブチッタ川崎でのライヴ録音や、命日のアントニオ・カルロス・ジョビンを偲んでのマイケル・フランクス「Abandoned Garden」、ラドカ・トネフ「Antonio's Song」、ジョン・レノンを偲んでのメルツ「Everybody Had A Hard Year」(そうそう、その日のライヴで宇多田ヒカルも「Across The Universe」をカヴァーしていましたね)、さらにジム・モリソンの誕生日にかこつけて、冬の夜になると聴きたくなるホセ・フェリシアーノやスティーヴ・イートンの「Light My Fire」なども、ちりばめてあります。
そして先週末は12/24にムジカノッサ主催のスペシャル・イヴェント「フリー・ソウル・クリスマス」も行われました。何より僕は「Free Soul Underground」のオリジナル・メンバーといろいろ話ができたのが収穫でしたね。DJプレイはクリスマスを意識して華やかにモータウン・フレイヴァーを盛り込んでフリー・ソウル・クラシックを連発、と珍しく前向きに考えていたのですが、途中から切り替えたヒップホップの方がフロアを熱くしたようで苦笑い。最後にかけたジュラシック・ファイヴ「Concrete Schoolyard」の生音カヴァー7インチ(Al-Ben-Azza)への問い合わせが殺到しました。90年代「Free Soul Underground」に集ったフラワー・チルドレンたちは今どこにいるのか、「Brother, where are you?」とつぶやかずにいられない思いもよぎりましたが。
というわけで、ここまでの360日を振り返ると、2010年もジョン・レノンの「Everybody Had A Hard Year」という言葉が身に沁みる一年でしたが、僕はクリスマスを越えてようやく、暗い気分から持ち直してきたような気もしています(きっと一時的なことなのでしょうが)。何よりもここ数日、音楽を聴くのが楽しくて、いろいろ聴き返して心を躍らせています。昨日は今年いちばん聴いた気さえするワレイカの『Harmonie Park』(2010年の「E2-E4」か)、いちばん好きなダンス・トラックだったかもしれない「Hey Joe」と「Summer Madness」を含むサーシャ・ダイヴの『Restless Nights』、ラリー・マイゼルをフィーチャーした「Untitled」が強力なデトロイト・エレクトロ・ジャズだったセオ・パリッシュの新作『Sketches』。ダビーでオーガニックなミニマルとディープ・ハウスとスピリチュアル・ジャズを結ぶラインが、今の僕が最も関心のあるフィールド、と言えるでしょうか。そして夜は、ジョー・クラウゼルのDJを聴きに西麻布・elevenへ。帰りのタクシーは来日中のレディオ・スレイヴと一緒になり、興味深い話もたくさん聞くことができました(僕もよくかけるノラ・ジョーンズ「Sunrise」の心地よいリミックスは、すべてイビサで制作したそうです)。最後はハイドアウト・プロダクションズの忘年会に合流し、毎度恐縮ながらNujabesのご両親にごちそうになり、仲間たちと追悼アルバムはひとつの時代の終わりではなく、新しい始まりにしようと意気投合。一周忌に向けたプランも話し合いました。そうだ、2010年に自分のコンピ以外で最も聴いたのは、間違いなくライナーも執筆させていただいた『Modal Soul Classics II』に決まっていますね。
追記:昨晩の余韻を大切に、今朝のめざめの音楽に選んだのは、Kuniyuki Takahashiの昨年リリースの『Walking In The Naked City』、そして対となるように発表されたばかりのニュー・アルバム『Dancing In The Naked City』。Nujabes & Uyama Hirotoともセッション経験のある彼には、『Mellow Beats, Friends & Lovers』でも楽曲をお借りしたが、どちらも掛け値なしに素晴らしい。
続けてベン・ワットが主宰する「Buzzin' Fly」の12インチを何枚か聴いていて、ティム・バックリーの同名曲を聴きたくなった僕は(自身のハウス・レーベルに、ティム・バックリーにちなんだ名を冠するベン・ワットのセンスを、僕は30年近く信頼している)、ずいぶん久しぶりに、その曲を収めた『カフェ・アプレミディ・ルー』を取り出した。午後のコーヒー的なシアワセ。あれからもう10年の時がすぎた、そう思うと何となく感傷に誘われ、ジェシ・デイヴィス「Golden Sun Goddess」からネッド・ドヒニー「I Know Sorrow」へ流れた瞬間、胸が詰まる(間奏のピアノでは涙)。ハーパース・ビザール「Witchi Tai To」も天気雨のようにハッピー・サッド気分。冬晴れの昼下がり、僕は懐かしいカフェ・アプレミディ・コンピを聴きながら、この文章を書き綴った。
再追記:稲葉昌太氏がマガジンハウスのウェブサイトに、
“2010年の静かなるムーヴメント。「素晴らしきメランコリーの世界」とカルロス・アギーレ。”と題した、とても気持ちのこもったエッセイを寄稿していますので、ぜひお読みください。また吉本宏氏が『素晴らしきメランコリーの世界〜ギター&フォーキー・アンビエンス』に寄せてくれたライナーも、続けてご覧ください。
Melancholy Music 〜 Guitar & Folky Ambience
風立ちぬ。陽のたまりの中、微かな風の残り香を手のひらにすくい、やわらかな光の輪郭を指でなぞる。穏やかに時は移ろい、風はゆるやかに髪をなびかせ、光と戯れる長い影を追う。幾重もの光の波に浚われ、追憶に生きるシンガー・ソングライターの面影が忘却の彼方に浮かび上がる。時はふいに近づき、過ぎ去った日々の追想の歌をささやく。おぼろげな歌は風を集めて空に舞い、気まぐれな表情を空に映して、雲の切れ目から希望の光が落ちるのを待つ。遠い口笛とギターの音色がどこからか聞こえてくる。ためらいがちな吐息と弦の響きは、優しく共鳴し素朴な音が零れだす。
美しく儚い心象風景を描く『Melancholy Music 〜 Guitar & Folky Ambience』は、アメリカの広大な大地からヨーロッパの石畳の街角へ、アフリカの西海岸の沖合の島から南米のウルグアイやアルゼンチンの河辺の街へと風を渡し、繊細な感性によって紡がれるメランコリックでメディテイティヴなギターの調べを集めた“心の調律師のような音楽”を響かせる。
光を爪弾くようなハーモニクスの響きに、かけがえのない人への永遠の想いを重ねるアルゼンチンのダリオ・リポヴィッチによるクチ・レギサモン作のフォルクローレ「900年のセレナーデ」が純真な愛を描く。ニック・ドレイクの孤独の影を宿した、亡きスコット・アッペルによる「Road」には静謐な空気がただ流れ続ける。大らかなアメリカの大陸の風を思わせるオハイオ出身のサン・キル・ムーンのマーク・コゼレックの歌の包容力にそっと抱きしめられ、キングス・オブ・コンヴィニエンスの無垢な手ざわりにも似た、オレゴン出身のピーター・ブロデリックのテンダーな歌声が耳元を甘やかにくすぐる。弦で奏でられるヘンリー・マンシーニのペンによる「Moon River」とエリック・サティの「Gymnopedie」は、アメリカとヨーロッパに旋律の虹をかけ、エディンバラのくぐもった雲と黄金色の田園風景を思い浮かべるヴァシュティ・バニヤンの人肌の温もりを感じさせる歌声と、マンチェスターのドゥルッティ・コラムのヴィニ・ライリーのガラス細工のような繊細なギターの音色は、イギリスから淡い光と風を贈る。アフリカの沖合のカボ・ヴェルデからは、サラ・タヴァレスの湿度を含んだ暖かな海風のような歌声が大西洋を渡り、南米からは、ブラジルのミナスの風のきらめきをたたえたセルジオ・サントスや、ウルグアイのエドゥアルド・マテオと同質の土の匂いを感じさせるピッポ・スペラ、さらに、アルゼンチンのカルロス・アギーレの盟友フェルナンド・シルヴァのランブル・フィッシュが、サウドシズモを内包するオーガニックで無垢な歌を届ける。そして、マット・デイトンとクリス・シーハンのふたりの絆が胸を打つベンチ・コネクションの切なく甘酸っぱい「Young At Last」がまばゆい青春の光を放つ。
吉本宏