遂にコンピレイション『Freedom Suite』が全国リリースになりました。発売日の2/3にはレコード会社ミューザックの福井さん&土田さんと大きく展開してくれている都内のCDショップを訪ね、感謝の気持ちに包まれました。僕らの熱い思いを意気に感じて応えてくれる方々の存在を実感できることは、本当に励みになり勇気づけられます。特にHMV渋谷店3Fではポスターを5枚も額に入れて飾ってくれていて、タワーレコード新宿店9Fでは今回アートワークのモティーフとした中平穂積さんの写真展も開いてくれていました(しかもジョアン・ジルベルト『Chega De Saudade』の再発盤についで、フロア売り上げの2位にパット・メセニーの新譜と並んでいると聞いて、嬉しくなりました)。
その後は中平さんの店「DUG」に向かい軽く乾杯。大学生のとき植草甚一の評論集「衝突と即興」で「DUGの中平穂積氏に」という献辞を読んで以来、僕にとって憧れの人でもあった彼の話はやはり興味深く、オーネット・コールマンやセロニアス・モンクとの愉快なエピソードを披露してくれました。『Freedom Suite』の内容を褒めてくださったのも恐縮でしたが、合流した吉本宏くんも、ルイス・ヴァン・ダイクのピアノはいいね、と意気投合してとても嬉しそうでした。
何となく盛り上がってしまい、続いて「アカシア」で昔ながらのロールキャベツ、クリームコロッケ、カキフライ、ローストビーフ、ポークシチューなどを取り分けながら楽しい晩餐。さらに福井さんの案内で新宿3丁目の「八月社」へ。僕も20年くらい前に何度か通ったジャズ廃盤レコード店のはずが、何とそのスペースが今は、「渋い」としか表現しようがないバーになっていたのです。出された日本酒もどれもうまく、お通しが鮪のぶつ切りというのがまた良くて、僕は伊丹十三気分で小一時間を満喫しました。吉本くんもすっかり気に入った様子で、僕らの間でこの“新宿・昭和な夜”はしばらく流行りそうな予感です。僕にとっては「時代に合わせて呼吸をする積もりはない」(by浅川マキ)と改めて誓った夜でもありました。
その翌日は、僕の生涯の一本「アデュー・フィリピーヌ」のジャック・ロジエ監督の映画「オルエットの方へ」を観に行きました。これがまた、「アデュー・フィリピーヌ」の監督が撮ったことがよくわかる、物語の進行より“人間”の輝きに魅せられる、まるで未編集のラッシュ・フィルムのように(誉め言葉です)生き生きとした最高のヴァカンス・シネマでした。甘酸っぱさとほろ苦さ、ロマンスへの小さな願望や、ヨットで海へ乗り出すシーンの素晴らしさ。映画を観るだけでこんなにも気分が変わるなんて、と何度も感激させられました(ちなみに僕は三人娘の中でキャロリーヌがいちばん好きです)。そしてヴァカンスの終わり、「祭りのあと」のような物寂しさを募らせる潮騒の音が、今も耳に残っています。ジャック・タチの「ぼくの伯父さんの休暇」や、「海辺のポーリーヌ」〜「緑の光線」の頃のエリック・ロメールを思い浮かべる方もいるかもしれません。
昨日はさらに、ジャック・ロジエの短編3作(「ブルー・ジーンズ」「バルドー/ゴダール」「パパラッツィ」)を観に行きました。「ブルー・ジーンズ」(旧題「十代の夏」)はずっと観たかったのに、観られる日が来ることさえ諦めかけていた一本。永遠に眩しく胸を締めつけられる青春映画「アデュー・フィリピーヌ」そして「オルエットの方へ」の序章としても観ることができる瑞々しさに魅了されましたが、僕などが言葉を綴るよりも、ジャン=リュック・ゴダールによる讃辞を引用しておきましょう──「アルチュール・ランボーの詩にうたわれた“二十歳の肉体”のように新鮮で若々しく美しい短編になっている」「熱い砂の上の昼下がりを詩情豊かに刻んでいくキャメラのリアリズムとカットを重ねていくリズムもすばらしく魅力的だ」「まさに青春そのもののように過ぎ去っていく時間についての映画なのである」。
そして今日は、ペドロ・アルモドバルの新作「抱擁のかけら」を観てきました。鮮烈な赤と青の色彩がまぶたに焼きつく映画。物憂い儚さが漂うキャット・パワーの「Werewolf」(あのマイケル・ハーレーのカヴァー曲です)が流れるシーンなど、僕を含む“神経衰弱ぎりぎりの男たち”の心に熱い残像を刻みつけるに違いない、深く胸に沁み入る作品でしたので、これもお観逃しのないように。
それでは最後に告知を。たびたびお伝えしているフリー・ソウル・シリーズのニュー・リリース情報ですが、ホセ・フェリシアーノ盤は2/17、ニーナ・シモン盤は3/3と発売日が決まりました。また詳しく紹介させていただきますが、今回はこの後、『Free Soul. the classic of Jose Feliciano』に僕が書いたライナーを掲載しておきます。それに続けては、2/12に渋谷・bar cacoiで行われるDJパーティー「Lots Of Lovin'」についての文章もお読みください。きっと出演DJたちのグッド・ヴァイブが伝わるのではないかと思います。当日はヴァレンタイン直前ということもあり、チョコレート・フォンデュもふるまわれるそうなので、ぜひ多くの皆さんにお集まりいただきたいです。僕も密かに素敵な出会いを期待していたりします。
それからもうひとつ、3時間以上におよぶインタヴューを受けていた「waxpoetics」誌の最新号が送られてきました。B+によるジェイ・ディー(J・ディラ)のポートレイトが表紙を飾り、そのジェイ・ディーを偲んでの特集が素晴らしいです。ぜひご一読を。フリー・ソウルについての記事は6ページにわたり、インタヴュアーだった吉岡正晴氏が「無数の楽曲の海を駆け抜ける選曲界のマゼラン(史上初めて世界一周をした航海者)さながらだ」と結んでくださったこともあり、“Magellan Of Compilation”と題されているのが照れくさいですが、とても充実した(示唆に富んだ)内容です。2/19には六本木ヒルズのTSUTAYAで僕と吉岡さんによる「waxpoetics」誌のためのトーク・イヴェントも行われますので、そちらにもぜひお越しいただけたら嬉しいです。
追記:「抱擁のかけら」の帰り道にHMV渋谷店に寄って(カルロス・アギーレのファースト&セカンドとセバスチャン・マッキが入荷してましたよ!)、ジャイルス・ピーターソンとステュアート・ベイカーが英ソウル・ジャズ・レコーズで編んだばかりの『Freedom Rhythm & Sound』の曲目を見ていたら、ガトー・バルビエリ&ダラー・ブランドの「Eighty First Street」が入っていて思わず声を上げてしまいました、『Freedom Suite』とのシンクロニシティーぶりに。さらに楽曲こそ違えど、オリヴァー・レイクに始まり、アート・アンサンブル・オブ・シカゴにアーチー・シェップと、収録アーティストも被っていて(しかもこのタイトルでこちらも2枚組)、単行本「Jazz Supreme」で推薦した顔ぶれもかなり揃っているのです。“Revolutionary Jazz & The Civil Rights Movement”を標榜するこのコンピ、もちろんあわてて購入してきましたので、今夜じっくりと腰をすえて聴いてみようと思っています。『Freedom Suite』と共振する部分もずいぶん大きいのでは、というスリリングな予感大なので。
『Free Soul. the classic of Jose Feliciano』
静かに酔いしれるような歌い出しから、じわじわと熱を帯びる歌声。やがて堰を切ったように感極まっていくソウル・フィーリング。ラテン・フレイヴァーに満ちたホセ・フェリシアーノの情熱と哀愁あふれる音楽に初めて魅せられたのは、大学生になったばかりの頃、真夜中のラジオでたまたまドアーズのカヴァー「Light My Fire」を聴いたときだった。生ギターとコンガとフルート、そしてメロウなストリングスも印象深い、まさに心に火をつける決定的な名唱だった。
それから25年近く経って、自分が彼のコンピレイションを編むことになるとは、その頃はもちろん想像もできなかったが、すぐに今は亡き渋谷・ハンター(現在はその同じビルにカフェ・アプレミディがある)の500円コーナーで見かけた、この曲を収録した中古レコードを手に入れた。邦題は『ソウルの彗星/フェリシアーノ』(最高ですね)。アルバムのセッションでベースを弾いているのはレイ・ブラウンだった。歌の素晴らしさは言うまでもなく、楽器の弾けない僕でさえ凄いテクニックだとわかる、鮮やかなリズム・タッチとフレージングのギターにも魅了され、同じ日に同じ場所で買ったリトル・ビーヴァーの「Party Down」の日本盤シングルと交互に、その夜ターンテーブルに繰り返しのせたのを憶えている。
そして8年の時がすぎた1994年の春、DJパーティー「Free Soul Underground」を始めてすぐの頃、僕は彼の奇跡のように素晴らしすぎる名盤『And The Feeling's Good』と出会う。邦題はちなみに『グッド・フィーリング』。この編集盤『Free Soul. the classic of Jose Feliciano』は、フリー・ソウル以降(90年代以降)の感覚でホセ・フェリシアーノのスタンダードは更新されるべきだという考えのもと、1974年に発表されたそのかけがえのないアルバムへの偏愛に基づいて選曲されたものだ。音源の対象としたホセ全盛期のRCA時代と重なる60年代後半から70年代前半は、僕が好きな音楽が歴史上いちばん多く残されたディケイドでもある。そういう意味でこの作品集は、かつて数多く出された彼のベスト盤とは一線を画しているだろう。
とはいえ、オープニングに選んだのはやはり、出会いの衝撃が今なお忘れられない「Light My Fire」(誰も文句はないですよね?)。続く「She's A Woman」は、ホセ・フェリシアーノと同じように素晴らしいビートルズ・カヴァーをいくつも吹き込んだケニー・ランキンを彷彿とさせる。そしてフリー・ソウル・シーンでホセが人気を呼ぶきっかけになったグルーヴィー&メロウな絶品「Golden Lady」が登場。もちろんスティーヴィー・ワンダーのオリジナルも死ぬほど好きだが、この曲を高揚感あふれる軽快なブラジリアン・リズムで聴かせるなんて。イントロが流れた瞬間フロアに歓声が沸き、オーディエンスが両手を掲げ大合唱となるシーンを何度となく目撃した。
その「Golden Lady」と共に90年代のフリー・ソウルのパーティーを席巻したのが、キャット・スティーヴンスのこみ上げるようなメロディーを、やはり軽快なブラジリアン・リズムで聴かせる「Wild World」。後にTVのCMソングとして流れてくるのを耳にしたときは、ひどく感慨深かった。続いての「Chico And The Man」は、『Free Soul. the classic of Salsoul』の冒頭にジョー・バターン版も収めたホセ自作の心洗われる名曲。映画音楽〜ソフト・ロックの名匠チャールズ・フォックスのペンによる「And The Feeling's Good」も、切なくも流麗でドラマティックな逸品。『Free Soul. the classic of Marlena Shaw』で聴ける清涼感に満ちたマリーナ・ショウのヴァージョンもとても素晴らしいので、ぜひ聴いてみてほしい。
さらに、自分が洋楽を聴き始めた頃にネイキッド・アイズでヒットしていたのが懐かしく胸を疼かされる、バート・バカラック&ハル・デヴィッドの名作「(There's)Always Something There To Remind Me」も珠玉の名演。そこから再び2曲のビートルズ・カヴァー、そして『And The Feeling's Good』からのホセのオリジナルとアラン・トゥーサンのカヴァーの2曲へと戻っていく構成も気に入っている。
中盤は『And The Feeling's Good』につぐ愛聴盤と言ってもいいかもしれない、レイドバック感が心地よいスティーヴ・クロッパーとの共同プロデュースによる1973年作『Compartments』から4曲。それぞれロギンス&メッシーナ、レオン・ラッセル、シールズ&クロフツ、ビル・ウィザーズとの70年代前半らしい好コラボレイションだ。
トミー・タッカーがヒットさせた「Hi-Heel Sneakers」やママス&パパスの「California Dreamin'」のカヴァーは、ホセがグリニッチ・ヴィレッジのコーヒーハウスでフォークを歌っていた頃の香りを僕には匂わせる。前者はドノヴァンに通じるような時代の空気を漂わせ、後者は『Free Soul. the classic of Bobby Womack』のハイライトとしたこの曲のボビー・ウーマックによる初期ライヴ録音を思い出させるのだ。ジム・ウェッブの「By The Time I Get To Phoenix」やボビー・ヘブの「Sunny」からも、こうした僕の好きな60年代後半感は伝わってくるはずだろう。
イタリア語で歌われる「Che Sara'」、スペイン語で歌われる「No Soy Feliz」は、ラテン語圏のスーパースターとしての顔を代表して。どちらもラテン特有の朗々とした大らかさ、郷愁を誘うノスタルジックで甘い哀切が胸に迫る。ホセの心震わせる出色のオリジナル・ソング「Daytime Dreams」と「Essence Of Your Love」は、それぞれ終盤のクライマックスとフィナーレに、と選曲を始める前から考えていた。
セレクションに際しては、敢えて彼の長いキャリアや膨大なディスコグラフィー(ラテン語圏における作品も数えきれない)をすべて聴き直すことはせず、ただ単純に自分の手許にあったアルバムから好きな曲を選ぶに留めた。そうすることによって、単なるオールディーズ・ヒットを多く持つポピュラー歌手という視点とは違った角度から、ホセ・フェリシアーノの深く熱い魅力にアプローチできると信じた『Free Soul. the classic of Jose Feliciano』だが、いかがだっただろうか。カヴァー曲の解釈の個性的な素晴らしさも含め、女性で言えばニーナ・シモンと並び称したくなるような、稀代のソウルフルな男性ヴォーカリスト/パフォーマーとしての彼の姿が浮かび上がったのであれば、とても嬉しい。僕はここ最近また、この盲目のプエルトリカン歌手の血の通った歌を、フレディー・コールの「Brother Where Are You」などと一緒にDJプレイするようになったことも、最後に付け加えておきたい。
2010年1月 橋本徹(SUBURBIA)
「Lots Of Lovin'」
2/12(金)22時から翌5時まで渋谷・bar cacoi(03-5456-2522)にて¥1,000(1ドリンク+チョコレート・フォンデュ+先着50名様スペシャルCD-R)
奇跡の顔合わせが遂に実現しました! みんなが好きなキラキラした90年代の雰囲気を、音楽好きな人にたくさんの愛と歴史的な一夜を、すばらしい音楽と共に!(ユズル)
DJ's Choice for Lots Of Lovin'
Mother Earth / Jesse
まもなく復刻されるアシッド・ジャズ・レーベルの名作群の中で「Lots Of Lovin'」にジャストなのはブラン・ニュー・へヴィーズだろうが(前回はHIGH-Dがかけた「You Are The Universe」でフロア爆発しましたね)、敢えてここではマザー・アースを推薦(どちらの再発CDもライナーを読んで、実は山下洋がこれほど記憶力のある男だったか、と驚かされました)。マット・デイトンのソロ名盤『Villager』へと連なっていく胸かきむしられるメロウな哀愁フォーク・ソウル「Jesse」は、まさに不滅の名曲。先日の「Soul Souvenirs」でもかけたらユズルがDJブースに駆け寄ってきて、続く山下洋がブランズウィックのロスト・ジェネレイション「This Is The Lost Generation」(兄弟のような曲!)で受けてくれたのも実にいい呼吸だった。涙のヴァレンタインに捧げます。(橋本徹)
Corinne Bailey Rae / Put Your Records On
彼女の歌の力にいつも魅せられる。新作『The Sea』を聴いて“歌”がこんなにも尊いものなのだとあらためて感じさせられた。前回の「Lots Of Lovin'」で、彼女のファースト・アルバムから「Put Your Records On」をかけていると、思いがけずフロアでみんなの歌声がひとつになった。「さあ、好きなレコードをかけよう」というのは、このパーティーで大切にしていきたいこと。(吉本宏)
L.L. Cool J / Hey Lover
95年ですかね、個人的思い入れがある曲なのでご紹介させていただきました。説明不要です。グッときます。Michael Jackson「The Lady In My Life」のムーディーなトラックを下敷きに、Boyz II Menの甘いコーラスが加わるR&Bテイスト満載のメロウ・チューン。クラブの明け方とか、フロアの隅っこに座って一人ポツンとしてるときに流れたりすると5割増し(笑)。(DJ HIGH-D)
Misty Oldland / Got Me A Feeling
93年作。これは自分の中の失恋ソング。大失恋のときにかかっていて、メロディーの切なさ、ヴォーカルの声の美しさにおもわず泣いてしまう一枚。ヴァレンタインにこれがかかっていて、もし幸せに迎えられたら、どんなにうれしいか、という逆説的幸せ希望ソング。チョコレートの味がBITTERでなく、SWEETであることをのぞみます。(YOKE A.K.A. DJ REDBLOOD)
Angie Stone & Joe / More Than A Woman
Angie StoneとJoeの最高の組み合わせ、バラード系が好きな方にはたまらない一枚かと思います。優しいメロディーに乗せて、この二人の声が絡むと……最高に気持ちが良いです! 私はよくイヴェントのOpenしたての時間帯やBarなどでかけてましたが、家でまったり聴くのも好きです。ヴァレンタインも近いことですし、大切な人と聴くのも良いかもしれませんね。ぜひ一度聴いてみて下さい! Chiemiでした!(DJ CHIEMI)
Movement 98 feat. Carroll Thompson / Joy And Heartbreak
僕の中で、キャロル・トンプソン絡みは間違いない。どの曲も素晴らしくメロウなVIBEに包まれる! レコードGETして、大学生のときに彼女に得意気に聴かせたら、逆にエリック・サティのサンプリングだと教えられた(笑っ)、忘れられない名曲です!(ユズル)