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5月30日&31日──橋本徹のコンピ情報

今は5月30日午前9時7分。村上春樹の新刊「1Q84」を読み終えて、ヤナーチェクの「シンフォニエッタ」のCD(本を読み終えたら聴こうと昨日買っておいたのだ)を流しながら眠りにつこうとしていたところ。ヴァーツラフ・ノイマン指揮、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の演奏。何となく手にしているのはボブ・ディランの画集だ。ぼんやりとページを繰りながら、彼の絵が使われたザ・バンドのファースト・アルバムのことを考える。ふと頭をよぎった光景を、読後の感想と共に書きとめておこうと思った。簡単に、9時半まで、と制限時間を決めて。
普段ほとんど本を読まない僕が、昨夜はすっかり引き込まれた。相変わらず(と書くべきだろう)、僕のような読者には、示唆と警句に富んでいる。村上春樹らしさを極めた(あるいは総合した)ような一冊だった。友人の吉本宏が出勤中に、「もう店頭に並んでるよ」と連絡をくれたのが5月28日午前8時32分だから、(いくつかの仕事を先送りして)ほぼ2日の間に1,000ページ以上を読んだことになる。自分が必要としていた、ということだろう。つい自分を重ね合わせてしまう。
いつも同じテーマじゃないか、と人は言うかもしれないが、彼によって語られるべき(語られてほしい)物語が語られている。僕はこの長編をやはり恋愛小説として読んだ。心を動かされる、純愛の物語。「愛がなければ、すべてはただの安物芝居に過ぎない」。
夜が明けるまで音楽を聴いていることは珍しくないが、これほど読書に没頭したのはいつ以来だろう。大学生のとき成田空港に1週間泊まり込んで、通行量調査のアルバイトをしながら、「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」を読破したことを思い出した。あのとき同じ部屋に泊まり、一緒にバイトした高校の同級生は、村上春樹(そしてディランとザ・バンドの「I Shall Be Released」)に静かだが熱い思い入れを抱いていたが、もうこの世にはいない。「ここではない世界に行ってしまった」と言うべきだろうか。エリック・ドルフィーの言葉を借りるなら“Out There”。彼もまた、ある意味で“Lunatic”だったのだと思う。
今日は夕方から、彼がよく観ていたエリック・ロメールの、「コレクションする女」という映画のために、銀座メゾンエルメスのル・ステュディオへ行くつもりだ。グレン・グールドが夏目漱石の「草枕」を好きだった、と伝えたら、天国の彼は喜ぶだろう。スージー・ロトロがディランと恋仲だった60年代を振り返った「A Freewheelin' Time」という本が出版されたことも教えなきゃ(日本語訳は出ないのだろうか)。彼はあの頃『The Freewheelin'』を繰り返し聴き、ふたりが腕を組んで歩くレコード・ジャケットをオーディオのすぐ横に飾っていた。そして、その隣りに並べられていたのが『Music From Big Pink』だった。
10時近くになってしまった。そろそろペンを置いて、いったん寝ることにする。この“つづき”は、またすぐに書くだろう。


今は5月31日14時20分。東京は強い雨が降り出している。“つづき”として、近況(今週は「地下鉄のザジ」の試写会に出かけたり、20年ぶりにダン・ヒックスのライヴを観たりした)や6月にリリースされる僕が選曲したコンピについて書こうと思っていたが、すぐにも[web shop]のページのために推薦文を記すことになると気づいた。やはり思いのたけは、そちらでじっくりと綴ることにしよう。昨晩お酒を飲みすぎて、二日酔いで筆が進まないというわけでは決してないが。
その代わり、というわけでもないけれど、明日入稿するアプレミディ・レコーズ第2弾『音楽のある風景〜夏から秋へ〜』の吉本宏くんによるライナーを、ひと足先にここに掲載することにする。僕も好きなフランスの画家ラウル・デュフィについての挿話が豊かなイマジネイションを広げ、「ロシュフォールの恋人たち」への甘い思慕が香るような、この色彩感あふれる文章から、コンピレイションの内容の素晴らしさに思いを馳せてもらえたら嬉しい。

『音楽のある風景』

夏から秋へ。昼下がりのニースの港には、風に揺れるヨットが気持ちよさそうに帆をはためかせ、色とりどりの旗を飾ったたくさんの小舟が祝祭の笑顔をふりまいている。桃色や黄色に塗られた建物には夏の終わりの陽が射し込み、海からの風が街路樹の葉を揺らすと街は柔らかな金色の光に包まれる。通りには黒塗りの馬車が行きかい、街角では社交界の婦人たちが日傘を手におしゃべりに花を咲かせ、海を臨む劇場では海の祭りの演奏会に向けたオーケストラのリハーサルが始まり、弦楽隊が奏でる軽やかなアンサンブルが聴こえてくる。

色彩の画家ラウル・デュフィは、爽やかな空の青色や、花束のような赤や黄色、おぼろげな紫や緑を自由な空間に解き放ち、眺めのよい南欧の港や広々とした海、気品に満ちた社交場を数多く描いた。躍動感のある色彩のハーモニーは真っ白なカンヴァスに踊り、リズムをもった軽やかなタッチからは音楽が生まれる。劇場で演奏するオーケストラを打楽器奏者の背後から描いた「ピアノ・コンサート」の演奏家たちや、鮮やかな「黄色のコンソール」に置かれた華奢なヴァイオリンと楽譜に描かれた音符は、今にも動き出しそうだ。子供の頃から音楽に囲まれて育ち、こよなく音楽を愛したデュフィは、アンリ・マティスらと共に“音楽のある風景”をいくつも描いた。

2001年の春、音楽放送チャンネル「usen for Cafe Apres-midi」がスタートした。四季の表情や時間の流れを映す音楽は、様々な店の空間に溶け込み、いくつもの“音楽のある風景”を描いてきた。印象深い響きの中から数々の「usen for Cafe Apres-midi」クラシックスが誕生し、それらの楽曲は、2006年の夏、選曲家たちの音楽に込めた想いとともに、「音楽のある風景」という一冊の本にまとめられた。 

遥かな青い水平線に「Ventura Highway」のフリューゲル・ホーンが静かに響き、弦の風に吹かれて小さな舟がゆっくり沖合へと進んでいく。涼やかな歌声が大空を翔る「Perdido Na Estrada」や、肌に快い潮風を誘う「Bird Of Beauty」は、清らかに透明感を帯び、「Early Autumn」の高揚感あふれるピアノのタッチや、「Shaker Song」の喜々としたブラジリアン・リズムの鼓動、「Gentle On My Mind」の歌が解き放たれる瞬間には、心に感じる色彩を表現した“フォーヴ”の筆づかいのような伸びやかさが満ちている。

夏から秋への季節の移ろい。海の祭りは終わり、催しの出し物を終えた劇団員たちはトラックに乗り込み、次の街へと旅立っていく。海辺の広場には賑わいの残り香が漂い、穏やかな陽のたまりには小さなつむじ風が舞う。窓辺の花飾りを揺らす優しい風に秋の足音を感じ、やがて木々の葉が色づき始めると、街は新たな装いに身を包んだ淑女のような艶やかさを香らせる。空は高く、雲がたなびくように、新しい季節の音楽がまた静かに流れ始める。


追記:こんな気持ちのよい文章の後に、ここに書くことなのか少し迷ったが、久しぶりに本屋に行って正直に感じたことを最後にひとつ。編集者であることをことさらに標傍する人たちの著作のほとんどは不快だ。編集という行為とサブカルチャー的な身ぶりを履き違えているように、僕には映る。あまり辛辣になるつもりはないが、編集も、デザインも、選曲も、批評も、必ずしもサブカルチャーである必要はない、と僕は思う。もちろんすべての芸術も。
とはいえ、情報や現実に接するたび、やりきれないような苛立ちや厭世的な気分にとらわれるのは、よほど自分と時代がずれているんだろう、と認めざるを得ない。「期待は失望の母だから」とある人が慰めてくれたが、やはり思い起こすのは、「I Just Wasn't Made For These Times」(駄目な僕)というブライアン・ウィルソンの決定的なライン。でも彼はまだ生きている。それを救いとしていいのかはわからないけれど。
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5月16日──橋本徹のリニューアル&コンピ情報

昨日ついにカフェ・アプレミディが同じビルの4Fにリニューアル・オープンしました。ソファやアームチェアをたくさん持ち込んで、できるだけ居心地の良さを追求したその雰囲気が少しでも伝わればと思い、店内の様子をいくつか写真におさめて[information]のページに掲載してみましたが(撮影が拙いので逆効果かな?)、ぜひ一度お店に足を運んでいただけたら、それ以上に嬉しいことはありません。
新しい店長はご存じNoa NoaのBEN。キッチンには新たに、仙台の名店カフェ・サニードロップスの店主だった坂本満里、cafe & books issue〜TAS YARD〜渋桜カフェの松本未来の2トップを迎え、フード・メニューのいっそうの充実をはかり、開店時間を11時半に早めています。ラスト・オーダーは日〜木は24時、金・土・祝前日は25時で、原則的に無休です。そして価格も、デフレ・スパイラルに巻き込まれるつもりはありませんが、原価が許すかぎり下げていますので、そのリーズナブル具合を実感していただけるのでは、と思っています。
先週末の5Fカフェ・アプレミディの「さよならパーティー」に集まってくださった皆さん、ライヴやDJをしてくれた仲間たち、歴代のアプレミディ・スタッフにも感謝の念が絶えません。本当にどうもありがとう。これからも変わらず、末長くよろしくお願い致します。
さて今週は、移転・改装・リニューアル準備の合い間を縫って、6/10発売のスペシャル・コンピ『Mellow Beats, Friends & Lovers』の最終マスタリングとアートワークの入稿も終えました。僕がクラブDJから「usen for Cafe Apres-midi」の選曲まで、様々な場面で敬意と愛情を込めてたびたびプレイしてきた、世界的にも評価の高い、今をときめく日本屈指の名トラック・メイカーの傑作ばかりを集めています。まずは曲目を列記するのが、その唯一無二の魅力を想像していただくのにいちばんの近道でしょう。

Mellow Beats, Friends & Lovers
01. Nujabes with Giovanca & Benny Sings / Kiss Of Life(新録カヴァー曲)
02. no.9 / After It
03. chari chari / Aurora
04. CALM / Sitting on the Beach
05. INO hidefumi / Green Power
06. Akira Kosemura / Departure
07. DJ Mitsu the Beats / Right Here feat. Dwele
08. J.A.M / Jazzy Joint feat. Jose James
09. sora / revans
10. Takagi Masakatsu / Gelnia
11. Kuniyuki Takahashi / The Session feat. Henrik Schwarz, Yoshihiro Tsukahara
12. rei harakami / lust
13. World Supreme Funky Fellows 2102 / #1 Dub
14. Uyama Hiroto / Vision Eyes feat. Golden Boy
15. grooveman Spot / Maintain feat. O.C. 
16. Nujabes / Child's Attraction(新曲)

どうです? 本当に素晴らしい問答無用の名曲、ジャジー・ヒップホップ〜クラブ・ジャズ〜クロスオーヴァー〜ハウス〜エレクトロニカの枠を越えて、信頼できるアーティストばかりに集まってもらうことができました。夏に向けて季節的にも心地よい、珠玉のメロウ・チューン(ただメロウなだけではない何か魔力のようなものを秘めていることこそ最も重要なポイントですが)が79分58秒にわたって連なる、まさに音楽の桃源郷。「さよならパーティー」でDJをやってくれたNujabes(このCDのラストに特別収録される新曲「Child's Attraction」を披露して人気爆発でしたね)も、「自分の曲は別としても、今まで橋本さんが手がけたコンピの中でも有数の良さじゃないですか?」と満足してくれています。きっとここに揃ったアーティストに共通する“ある種の真面目さ”が、決して妥協を許さない彼を納得させているのでしょう。
CDの帯キャップのコピーは次のようにしてみました──「朝の光のように瑞々しく、夕映えのように切ない、美しいメロディーと心地よいグルーヴ。大事なものと大事じゃないものが少しずつ見えてくる、胸を打つ音楽の奇跡」。豊かな感性と知性が織りなす夢のような世界への扉が、いよいよ6/10に開きますので、ぜひ楽しみにしていてください。またCDの発売に1週間先がけて、Nujabesとジョヴァンカ&ベニー・シングスの共演によるシャーデー「Kiss Of Life」の新録カヴァーが、iTunes Music Storeで6/3から先行配信されますので、何とか皆さんの力で部門チャートの1位に押し上げていただければ、と心より願っています!
最後になりましたが、5/20リリースの「ジャズ・シュプリーム」シリーズ最新作『Jazz Supreme ~ Maiden Blue Voyage』も今週サンプル盤が届き、毎晩眠りにつく前に繰り返し聴いています。引き続き[web shop]のページのための推薦文を書くことにしますので、そちらを読んでいただき、これは聴いてみたいなと思ってもらえたら、僕としてはこの上ない喜びです。
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