昨日は“フリー・ソウル・ムーミン”こと『Mellow Lovers' Moonlight Dancehall』について書かせていただきましたが、今日は同じ2/4にリリースされる「ジャズ・シュプリーム」最新作、『Spiritual Love Is Everywhere』について書いてみます。シリーズ4作目にして最もキャッチーな一枚登場、という印象を一聴して受けるでしょうが、今回も音楽の持つ根源的な力強さを実感させてくれる曲ばかりです。
オープニングを飾るファラオ・サンダースの「Love Is Everywhere」は、甘美な生命力に満ちた“黄金の2小節”のリフレインが鼓舞する愛と平和の讃歌。続くマイク・ウエストブルック+ノーマ・ウィンストンの「Love Song No.2」も、狂おしいほどの美しさに胸を焦がされる永遠の名ラヴ・ソング。そう、音楽を聴いて一瞬の永遠を見るような、そんな瞬間がこのコンピでは何度も繰り返し訪れます。
そして選曲の大きなポイントとしたエリオット・スミスの「Waltz #2」。以前に[web shop]のページでエリック・サティと共に紹介したときは、零れる寸前の涙のような、というフレーズが浮かびましたが、この曲を聴くといつも、切実な痛みややりきれない哀しみ、変えることのできない運命に人はどう人生を賭けて向き合うのか、というようなことを考えてしまいます。僕が「ジャズ・シュプリーム」のセレクションに際して込めている思いは、真っ当で顧みられることの少ない正義に殉じたい、できることなら救済したい、というような気持ちなので、ジャズではありませんが同じ情感を喚起させる曲として、敢えてここに収録しました。
マイケル・ホワイトの「The Blessing Song」もやはり、僕には涙の名曲としか言えません。ヴァイオリンと女声コーラスの切ない旋律が琴線を震わせ、目頭を熱くします。ビルド・アン・アークによる素晴らしいカヴァーも『Fender Rhodes Prayer』編に収めていますので、絶対に聴いてください。
ラングストン・ヒューズの詩をモティーフとしたゲイリー・バーツの「I've Known Rivers」は、輝く水面のようなピアノと朴訥とした味わいの歌声、悠久の大河のようなピースフルな流れに陶然となります。コートニー・パインによるカヴァーの4ヒーローが手がけたボサ・リミックスは、もはやクラブ・クラシックですね。
幻想的なエレピとフルートに導かれるスタンリー・クラークの「Unexpected Days」は、アンダーウルヴズがカヴァーしたのも記憶に新しいメロウ&スペイシーなボサ・フィーリングの逸品です。歌い手はディー・ディー・ブリッジウォーターとアンディー・ベイという、スピリチュアル・ジャズ・ファン垂涎の顔合わせ。知性が滑り出すようなマイケル・ガーリックの「First Born」は、気高いダンディズムとクールなリリシズムが香る英国ピアノ・ジャズの精粋。女流ハープ奏者のドロシー・アシュビーがリチャード・エヴァンスのプロデュースでカデットに吹き込んだ「Come Live With Me」も、物寂しさと優しさが入り混じる神秘と幽玄の美をたたえた繊細なグルーヴが麗しい絶品です。
さらにもうひとつ、カデットに残された奇跡の名演が続きます。ミニー・リパートンやロータリー・コネクション、4ヒーローからケネス・ベイガーまで、誰が取り上げてもドラマティックで感動的なチャールズ・ステップニーが書いた名曲中の名曲「Les Fleur」の、ラムゼイ・ルイス率いるピアノ・トリオ+ストリングス&コーラスによる光の結晶のような演奏。音楽のきらめきと純度の高い叙情性にあふれた、まさに“至上”のヴァージョンです。
闘うテナー奏者アーチー・シェップのアナザー・サイド、力強いブロウに舌足らずの愛らしいチャイルド・ヴォイスをフィーチャーして生きる希望を照らし出す「Quiet Dawn」は、知られるべき才人カル・マッセイのペンによるポジティヴな作品。ジョー・ボナーからスリープ・ウォーカーまでがカヴァーしていることからも、その抗しがたい魅力は明らかでしょう。
そして個人的にはこの盤のハイライトとなるのが、ユセフ・ラティーフがジョン・コルトレーンに捧げた「Brother John」から、オーネット・コールマンとの親交も深かったプリンス・ラシャがソニー・シモンズと共演した「Congo Call」へ、という精鋭マルチ・リード奏者の連なり。マスタリング時のスタジオでも、このバトン・タッチの瞬間、思わず一同「カッコイイ!」と声が上がりました。
前者はディスクガイド「Jazz Supreme」で松浦俊夫くんも推薦していましたし、かつてはトーキング・ラウドのK-クリエイティヴがオマージュを捧げていましたが、ジャイルス・ピーターソンの話では、ディングウォールズ・アンセムでもあったとのことです。最近のクラバーにはどうかな、と思いながら僕自身も昨年末のムジカノッサのDJパーティーでかけたら、みんな6/8拍子でよく踊ってくれて、9分完奏できたのが嬉しかったですね。スピリチュアルな熱気と呪術的な魔力を秘めた、オリエンタルでメディテイティヴな“暗闇のモーダル・ヘヴン”とでも言うべき聖典だと思います。やはりユセフ・ラティーフも参加したキャノンボール・アダレイ・セクステットの演奏も最高なので、よかったらチェックしてみてください。
後者もその夜のムジカノッサでプレイしたら、DMRジャズ・バイヤーでもあるDJの廣瀬大輔くんがひどく喜んでくれました。一度聴いたら何日かは口ずさんでしまう、イントロのゲイリー・ピーコックのベースのピチカートから強力です。アフリカのリズムと中近東的なメロディーが織りなすヒップでミステリアスなグルーヴ、哲学的とも言える佇まいに強く惹かれる、極めて中毒性の高い究極のマイ・フェイヴァリット・チューン。クールでありながらホット、プリミティヴでソフィスティケイトされた、というような反語的な形容を使えば、雰囲気が伝わるでしょうか。
続いてのポール・ゴンザルヴェス「Boom-Jackie-Boom-Chick」も、重厚なベース・ラインに洒脱なピアノとボサ・ジャズ風のリムショットが効いた、いぶし銀のマイナー・ブルース。ヨーロピアン・ジャズとクラブ・ジャズの架け橋のような曲で、ライナー・トゥルービーがサンプリングしていましたね。
そしてラストは絶対この曲と決めていたビル・エヴァンスの「Peace Piece」。エロスよりタナトス、という傾向にある今の自分を反映した「ジャズ・シュプリーム」の選曲は、哀しみや祈りの果てに、穏やかな澄んだ地平が見えるように、と心がけているからです。まるで夢のエピローグのような、魂の平安を願う厳かで静謐な祈祷曲。目を閉じてこの曲に聴き入っていると、眠りながら生き、生きながら眠っているような僕は、宇宙の大きさと人間の小ささ、時の深遠さを感じることができるのです。
追記:1/24にタワーレコード新宿店で行われた、僕とINO hidefumiの対談によるレコード・コンサートに、たくさんの方々にお集まりいただき、本当にありがとうございました! INOくんもあのような場で話をするのは初めて、ということでしたが、どうもありがとう! 僕はともかく、INOくんのセレクションがどれも彼らしいとしか言いようがなく(完璧にINO hidefumiの音がするのです)、とても素晴らしかったので、ここに掲載しておきたいと思います! 彼が大絶賛していた曲目リストの3曲目、アーマッド・ジャマルの「マッシュのテーマ」は、ソニーより3/18発売の「ジャズ・シュプリーム」第5弾『Modal Blue Sketches』編に収録されますよ!
THEO PARRISH / DIRT RHODES
BARBRA ANN AUER / WALM-UP
AHMAD JAMAL / SUICIDE IS PAINLESS
THE RAMSEY LEWIS TRIO / SLIPPING INTO DARKNESS
JU-PAR UNIVERSAL ORCHESTRA / TIME