アプレミディ・ライブラリーの最新刊
「公園通りに吹く風は」は、もう読んでいただけましたでしょうか? 読みきるには結構な文章量なので、せめて手に取っていただけていたら、こんなに嬉しいことはありません。
シリーズの第1弾だった「公園通りみぎひだり」は、おかげさまでアプレミディ直売500冊は完売、全国配給をお願いしたブルース・インターアクションズに無理を言って戻していただいた分を残すのみとなりました。皆さん本当にありがとうございます。
僕と吉本宏はこの週末、久しぶりにふたりでアプレミディ・グラン・クリュのカウンターで寛ぎながら、真鰺と茗荷のマリネ、鶏レバーのムース、帆立・スモークサーモン・アヴォカドのタルタル、車海老とホワイトアスパラガスのリングイネ、酵素ポーク(絶品です!)のグリルと温野菜、それにワインをゆっくりと堪能しました。もちろん本ができた感想を語り合ったのですが(吉本くんは半月ほど海外に出かけていて、制作・編集には立ち会っていなかったのです)、そのときの会話を流し録りして、さっそく対談ふうにまとめてくれましたので、晶文社のカタログではないですが、“アプレミディ・ライブラリーの愛読者のために”という感じで、お楽しみいただければと思います。それにしても万年青年の吉本くん、忙しいのにいつもいつもサンクス!
吉本:「公園通りみぎひだり」「公園通りの午後」、そして、新しく出たばかりの「公園通りに吹く風は」。こうして三部作を並べてみるととてもきれいだね。
橋本:そうだね。自分たちが伝えたり、表現したりしたかったことを、自分たちの好きなフォーマットで残しておきたいという気持ちが、こうしてアプレミディ・ライブラリーでの出版という形になったかな。
吉本:雑誌やCDのライナー、インターネット上で書きためたものも、改めて集めてみると、わずか4年でも結構な分量になっていたね。
橋本:特にインターネット上の文章は、見る画面によって改行の位置やレイアウトが変わってしまったり、文字化けが生じたりということが、編集をやってきた自分には耐えられないというか、納得がいかなくて、こうして印刷物という好きなパッケージに編集しなおすことによって、初めて自分のイメージするものになったような気がするね。
吉本:本のつくりや、それぞれの表紙の3色の色づかい、モノクロームの写真、美しくて読みやすい文字組みには、どこか懐かしい古書のような手触りを感じるね。今のITに対するアンチテーゼにもなっているというか、手に取ったときにリアルな肌触りでしか感じ取れないものがここにはある。
橋本:この形は深く考えていたわけではなくて、何となく「SUB」第5号の印象があったくらいなんだけど、本のサイズや質感も含めて、本当に手にしっくりとなじむものになった。
吉本:「公園通りみぎひだり」の“アプレミディ・ダイアリー”や “晩酌日記”は、これまでにあまりメディアでは見えなかったパーソナルな橋本徹が垣間見えておもしろかったんじゃないかな。
橋本:ああいう文章はウェブやブログならではだと思うんだけど、“晩酌日記”なんかは、音楽のことを語らない代わりに、普段の自分がどんなことを感じ、考えているかということを逆に表現しやすい自由さがあったりして、実は音楽を紹介する以上に自分のフィロソフィーを伝えられたのかもしれないね。あとは、これまで自分が出会って、いろんな意味で助けられた人たちへの感謝の気持ち。
吉本:「公園通りの午後」は、アプレミディのスタッフそれぞれがリコメンドする新譜や旧譜の音楽の密度が濃くて、リアルタイムで紹介していたものが、結果的に良質なCDガイドブックになった感じがするよ。しかも、エッセイ集としても読めるような。
橋本:確かにリアルタイムの日記や覚え書き的なものの魅力や価値が、今までとは違う感じでまとまった気がするね。最近はありきたりなディスクガイド本に食傷気味なこともあって、いわゆるカタログ的なガイドというよりは、そのときそのときにどんなものを聴いて、どんなことを感じていたかの“個人の記録”というか。
吉本:これまでのサバービアの編集物とはその点が違うわけだね。
橋本:うん、大きな意味で今回の3冊は“ドキュメント”なんだよね。「サバービア・スイート」のように、俯瞰して編集的な視点を優先させて、ある種の世界観やテイストを表現していくのとは違って。先に完成形が見えていて創っていくものと、創っているうちに完成形が見えてくるものとの違いかな。
吉本:その象徴が3冊目の「公園通りに吹く風は」だね。
橋本:うん、結果的に3冊目は僕らの原点を見つめなおすものになったと思うんだけど、あとがきにも書いたように、吉本くんから日曜日の真夜中に突然送られてきた一枚のファックスから、すべてが急に動き出したんだ。
吉本:最初に橋本くんから「3冊目にはこれまでに吉本くんが書いてくれた文章も入れたい」という話をもらったときに、何か新たに記しておきたいと思ったんだよね。今までのサバービアというのは匿名的な表現の魅力があったと思うんだけれど、ウェブの日記のように、記名性の強い、また違った性格の原稿があってもいいかなと思って。それで、夜中に思い立って書いた文章を、唐突に橋本くんにファックスしたんだ。
橋本:運命に導かれるといったら大げさだけど、あのとき偶然を必然に変える何かが働いて、一枚のファックスをきっかけに、一気に本のイメージができあがっていったよ。
吉本:そこに“編集”の強さを感じたんだけど、僕は何げなくドナルド・フェイゲンやペイル・ファウンテンズ、ナラ・レオンのボサノヴァのサロンのことを書いたんだけど、“A Certain Fantasy”のイントロから“カフェの話”“ネオアコ対談”と並べることでひとつの流れが生まれている。しかも、巻頭に思わぬスウィート・サプライズがあって。
橋本:そう、本当にふと思いついて、僕らが出会った1992年のメモリアルに、当時の「サバービア・スイート」のスクラップをレイアウトしてみたんだよね。それとこの冒頭の流れは、内容は僕のことを紹介しているようだけれど、実はこの本の読者には吉本くんという人の紹介文として相応しいと思ったんだ。これを読んでもらえれば、吉本くんの人間性や感受性が読み手に届くはずだし、僕が吉本くんと単行本を作った意味も伝わるというか。だから最初にあるべきだと。
吉本:“A Certain Fantasy”は思った以上の反響が続いていて驚いているんだけど、とてもパーソナルな話から始まったことで、僕らが好きな感じや、どう感覚的につながっているかや、90年代初頭の“あの空気”までが伝わったんじゃないかな。
橋本:うん、“ネオアコ対談”の後には、たまたまスペースがちょうど1/2ページあいたから、そこに「サバービア・スイート」の最初のフリーペーパーから90年夏の気分の“TOP 40”を掲載したりしてね。今見るとこそばゆいけど、何となくサバービア前夜のネオアコ心を表しているような気がしたから、1位だけこっそり入れ替えて(笑)。
吉本:無意識にやっていることが、突然トリガーになって形になるということは、これまでのサバービアで一緒にやってきた仕事の中でも何度かあったね。ムッシュ・エスプレッソや、「リラックス」のフリー・ソウル・レトロスペクティヴや、“グラン・クリュ”という言葉もそうだけど。
橋本:ぼんやりとしていたものが、何かをきっかけに一気に加速して形になったり、ばらばらになっていたものが、突然ひとつの流れになることで世界観や価値観が見えやすくなったりする、そういう瞬間はやっぱり大事にしたいと思うよ。
吉本:そういう瞬間が生み出す力強さみたいなものって、きっと受け手にも伝わるし、人の気持ちを動かすんじゃないかな。
橋本:「公園通りに吹く風は」の音楽原稿の内容はどれもかなり濃いけれど、僕の音楽についての文章が徹底して評論ではないことが伝われば嬉しいなと思っていて。本当に一貫して音楽に対する愛情や思い出だけを書いたり語ったりしてきたつもりだから。
吉本:その熱のような想いは大切だよ。「自分が素直にどう感じたか」が根底にある文章は、誰にも否定できないと思うから。この本を通して、少しでも「聴いてみようかな」と思ってくれる人が増えたらいいね。
橋本:うん、一般社会でもそうだけど、多くの人は枠組みのようなものが必要で、それは精神的な拠りどころを求めるということにも関わっているから、どれだけ自由に、ジャンルの垣根を越えてと唱えても、どうしても難しい部分はあるんだけど、自分はできるだけ感覚に忠実に、フットワーク軽く越境しあえるような音楽環境を築いていきたいなと思っているよ。それと、あとがきでもちょっと触れたけど、コンピを作ったり、好きな音楽の紹介文を書いたりすることで、音楽シーンの物差しみたいなものが未来に向けて更新されていけばいいなという気持ちはあるね。
吉本:それはもちろんサバービアの影響や功績だけではないけど、僕らが大学生だった80年代後半からすると、劇的にそうした一般教養みたいなものの移し替えが進んでいると思うよ。CDショップの品揃えを見れば一目瞭然なように。こうして「公園通り」三部作が完結した今、その他に何か思うところはあるかな。
橋本:そうだね、今までは特に音楽のということだけど、何か情報を入れないと自分の文章なんて読んでもらえないと思っていたから、文体を多少犠牲にしてもいろんな要素を盛り込んでいたけど、今回の3冊の読者の反応に勇気づけられて、日々の随想や、もう少し“よい文章を書く”ということを優先させるようになるかもしれないな。具体的にはリズムに正直な、リズム感を重視したシンプルな文を書くということだったり。
吉本:なるほどね。僕も執筆に関してはこれからも自分なりの理想を追求していきたいと思っているよ。またアプレミディ・ライブラリーとして何か新しい表現や文章で、自分たちの好きな音楽や好きなことを伝えていけるといいね。
橋本:僕は「公園通りに吹く風は」を読んでくれた方が、あきれちゃうくらいに、ロマンティスト=吉本宏、ピュアリスト=橋本徹、みたいな図式を感じて笑ってくれたら嬉しいかな。ふたりのキャラクターがとてもよく出た一冊になったと思うんで。でも正直、ここでの僕の音楽についての原稿は重すぎるね。俺の文章は音楽ファンの踏み絵のようなもの、と考えてもらえれば(笑)。